労務・人事法務

2026年9月22日

ハラスメント対応マニュアルの作り方:実務担当者が知るべき法務知識

ハラスメント対応マニュアルは、「何がハラスメントか」を説明するだけの資料ではありません。相談を受けたときに、誰が、どの順序で、安全確保・事実確認・判断・被害者への配慮・行為者への対応・再発防止まで進めるのかを事前に決めておくための運用文書です。

職場のパワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産等に関するハラスメント、育児・介護休業等に関するハラスメントについて、企業規模を問わず事業主に防止措置が義務付けられています。厚生労働省は、方針の明確化・周知、相談体制の整備、事実関係の迅速かつ正確な確認、被害者・行為者への適切な措置、再発防止、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等を求めています。

さらに、2026年10月1日施行の改正により、カスタマーハラスメント対策と、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策も事業主の義務となります。従業員同士のハラスメントだけを想定した旧来のマニュアルでは、顧客対応や採用活動の場面を十分にカバーできないため、施行に合わせた見直しが必要です。

本稿では、企業の人事・労務・コンプライアンス担当者が、実際に相談を受けたときに機能するハラスメント対応マニュアルを整備するためのポイントを、現行の法令・指針と2026年10月施行の改正内容に即して整理します。

1.この記事が対象とする企業・担当者・場面

この記事は、次のような企業・担当者を主な対象としています。

  • ハラスメント相談窓口はあるが、相談後の調査手順が決まっていない
  • 相談者と行為者のどちらを先にヒアリングすべきか迷っている
  • 「パワハラ」と「業務上必要な指導」の線引きに迷っている
  • 匿名相談や証拠が少ない相談をどこまで調査すべきか分からない
  • 調査中に相談者と行為者を同じ部署で勤務させてよいか判断したい
  • ハラスメントが確認された場合の懲戒処分・配置転換の考え方を整理したい
  • 役員や経営幹部が行為者とされる相談への対応ルートを作りたい
  • カスタマーハラスメントの現場対応と本社へのエスカレーションを整備したい
  • 採用面接、OB・OG訪問、インターン等におけるハラスメント防止ルールを整えたい
  • 就業規則、懲戒規程、相談窓口規程、調査マニュアルの関係を整理したい

2.ハラスメント防止措置は「相談窓口を置けば足りる」ものではない

ハラスメント対策では、相談窓口の設置だけが義務なのではありません。厚生労働省の指針・パンフレットでは、複数のハラスメントに共通して、事業主が講ずべき措置を一連の対応として整理しています。

措置の柱企業に求められる対応マニュアルに落とす内容
方針の明確化・周知ハラスメントを許さない方針や行為者への対処内容を明確にし、労働者へ周知する禁止行為、対象者、相談先、懲戒等との関係を明記する
相談体制相談窓口をあらかじめ定め、適切に対応できる体制を整える受付方法、担当者、代理担当、利益相反時のルートを定める
事実確認相談後、事実関係を迅速かつ正確に確認するヒアリング順序、証拠保全、記録方法、報告先を定める
事後措置被害者への配慮、行為者への適切な措置、再発防止を行う暫定措置、処分判断、配置、研修、職場改善の手順を定める
横断的保護プライバシー保護と、相談・調査協力を理由とする不利益取扱いの防止情報共有範囲、守秘、報復禁止、二次被害防止を明記する

したがって、マニュアルの目的は、法令上の措置義務を「誰が何をするか」という社内オペレーションに変換することにあります。窓口のメールアドレスだけを決めても、その後の初動・調査・判断が担当者任せであれば、実効的な体制とはいえません。

3.まず区別したいハラスメントの類型と法的枠組み

類型主な法的枠組み実務上のポイント
パワーハラスメント労働施策総合推進法・パワーハラスメント防止指針優越的な関係、業務上必要かつ相当な範囲を超える言動、就業環境への悪影響を確認する
セクシュアルハラスメント男女雇用機会均等法・セクシュアルハラスメント防止指針対価型・環境型を含み、同性間や性的指向・性自認にかかわる言動も対象となり得る
妊娠・出産等に関するハラスメント男女雇用機会均等法・関係指針制度利用への嫌がらせと、妊娠・出産という状態への嫌がらせを区別して把握する
育児・介護休業等に関するハラスメント育児・介護休業法・関係指針制度利用を妨げる言動や利用を理由とする嫌がらせに対応する
カスタマーハラスメント2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法・防止指針顧客等の要求内容だけでなく、手段・態様と就業環境への支障を総合的に判断する
求職者等に対するセクシュアルハラスメント2026年10月1日施行の改正男女雇用機会均等法・防止指針採用面接、説明会、OB・OG訪問、インターン、オンライン上のやり取り等を含めて防止する

社内マニュアルでは、独自の呼称を増やしすぎるより、法令・指針上の類型と社内で実際に起こる場面を対応させる方が運用しやすくなります。例えば「リモートハラスメント」を独立した法的類型として扱うのではなく、オンライン会議やチャット上の言動が、パワハラ・セクハラ等の要件に該当するかを判断する構成が適切です。

4.パワーハラスメントは「厳しい指導」だけで判断しない

職場のパワーハラスメントは、一般に、①優越的な関係を背景とした言動、②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動、③労働者の就業環境が害されること、という要素を踏まえて判断されます。厚生労働省は、身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害の6類型を典型例として整理しています。

もっとも、6類型に形式的に当てはめれば結論が出るわけではありません。業務上の必要性、言動の目的、頻度・継続性、表現、場所、相手との関係、本人の問題行動の有無、職場への影響等を具体的に確認する必要があります。

マニュアルでは、「強い口調だったからパワハラ」「業務指導だからパワハラではない」といった短絡的な判断を避け、事実関係を分解して確認するための質問項目を用意しておくことが重要です。

5.セクハラ・妊娠出産・育児介護ハラスメントは相談対象を狭くしない

セクシュアルハラスメントは、行為者・被害者の性別や性的指向・性自認によって対象外になるものではありません。また、妊娠・出産等、育児・介護休業等に関するハラスメントは、制度利用を妨げる言動だけでなく、妊娠・出産という状態や制度利用に対する否定的な言動が問題となることがあります。

相談窓口では、相談者自身が法的類型を特定できることを前提にしないことが重要です。「これはパワハラですか」「セクハラに当たりますか」と結論を求められても、受付段階ではまず具体的な言動、時期、場所、関係者、影響を聴き取り、後から法的評価を行う流れにします。

6.ハラスメント対応マニュアルの基本構成

実務で機能するマニュアルには、少なくとも次の項目を盛り込むことを検討します。

項目定めておきたい内容実務上の目的
目的・基本方針ハラスメントを許さないこと、相談者・調査協力者を不利益に扱わないこと会社としての判断軸を明確にする
対象範囲・定義労働者、派遣労働者、顧客等、求職者等、各ハラスメントの定義誰から誰への言動を扱うかを明確にする
相談窓口受付方法、担当者、外部窓口、利益相反時の代替窓口相談が特定の上司で止まることを防ぐ
初動対応安全確保、緊急性判断、証拠保全、暫定的分離二次被害や証拠散逸を防ぐ
事実調査ヒアリング、資料確認、第三者聴取、調査記録公平で再現可能な事実認定を行う
判断・措置ハラスメント該当性、就業規則上の処分、配置等結論と人事措置を分けて検討する
被害者への配慮就業環境の回復、配置、休業・医療等への配慮相談したことによる不利益を避ける
再発防止研修、組織改善、管理職指導、制度見直し個別処分だけで終わらせない
情報管理プライバシー、共有範囲、記録保管、アクセス権限関係者の権利と調査の信頼性を守る
カスハラ・採用対応現場エスカレーション、採用活動ルール、求職者窓口2026年10月施行の義務に対応する

7.相談窓口:形式的な設置ではなく「使える窓口」にする

厚生労働省のパンフレットでは、相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知することが求められています。担当者を定める、相談制度を設ける、外部機関へ相談対応を委託するといった方法が例示されています。外部窓口の設置自体が一律に必須というわけではありません。

ただし、直属上司が行為者とされる場合や、人事担当者自身が相談対象となる場合に通常の窓口しかなければ、制度が機能しません。少なくとも、通常窓口とは別のエスカレーション先を定めておくことが重要です。

相談は面談だけに限定せず、電話・メール等の複数手段を設けることも実務上有効です。匿名相談を受け付ける場合には、匿名のままでは確認できる事実や実施できる措置に限界があること、どの段階で本人の同意を得て情報共有するかをマニュアルに定めます。

8.相談を受けた直後に行うべき初動対応

相談受付後は、直ちに「ハラスメントがあった/なかった」と結論付けるのではなく、まず安全確保と調査の前提を整えます。

①相談者の心身の状態と、緊急の安全確保が必要か確認する

②具体的な言動、日時、場所、関係者、継続性、現在の影響を聴き取る

③メール、チャット、録音、勤怠、日報、SNS、業務資料等の証拠を保全する

④相談者が希望する対応を確認するが、会社の対応を本人の希望だけで決めない

⑤行為者との接触を続けることに危険や強い心理的負担があるか確認する

⑥調査担当者と報告先を決め、利益相反がないか確認する

⑦今後の調査予定と、情報共有の範囲・プライバシー保護について説明する

特に、相談受付担当者が「それくらいならよくある」「あなたにも原因があるのではないか」などと評価を先行させると、二次被害や相談抑制につながります。受付担当者の役割は、最初から判定することではなく、必要な情報を整理して適切な調査につなぐことです。

9.事実調査:相談者・行為者・関係者の話を分けて確認する

事実調査では、相談者の申告を尊重することと、直ちに申告内容を確定事実として扱うことは別です。行為者にも説明の機会を与え、必要に応じて第三者の聴取や客観資料の確認を行います。

ヒアリングでは、「パワハラでしたか」と評価を尋ねるより、「いつ、どこで、誰が、どのような言葉を使ったか」「その前後に何があったか」「誰が見聞きしたか」「業務上どのような指示が出ていたか」と、事実を具体化する質問を重ねます。

相談者と行為者の供述が食い違う場合には、どちらか一方の印象だけで結論を出さず、メール、チャット、録音、会議記録、勤怠、配置状況、周囲の供述等と整合するかを確認します。

9-1.裁判例:会社には合理的な範囲で調査・対処する義務がある

東京地裁平成29年11月30日判決(平成27年(ワ)第8146号)は、従業員が同じ職場の従業員から暴行・暴言等を受けていると訴えた事案について、事業主は、そのような疑いのある状況が存在する場合、雇用契約に基づき事実関係を調査し、適正に対処する義務を負うとしました。その一方で、どのような調査・対処をすべきかは、企業の人的・物的設備の状況等によって異なり、会社には合理的な範囲で調査・対処を行う安全配慮義務があると整理しています。

この事案では、申告された多数の暴行・暴言のうち、複数回の「幼稚園児以下」「馬鹿でもできるでしょ」といった発言は不法行為と認定されました。他方、店長が当該発言について関係者に事実確認を行い、他人と比較するような発言をしないよう注意していたこと、その後も必要に応じて注意、配置転換や業務の切り分けを検討していたことなどから、会社の事後対応義務違反は否定されました。

実務上重要なのは、相談を受けた会社に常に同じ対応が要求されるわけではないという点です。マニュアルでは、申告内容、緊急性、確認できる証拠、関係者の配置、実施可能な措置等を踏まえて対応を選び、その判断過程を記録できるようにしておくことが重要です。また、現場で対応した内容が人事・法務等に共有される報告ルートもあらかじめ定めておくべきです。

10.調査担当者の独立性と利益相反を確認する

すべての案件で外部弁護士や第三者委員会を設けなければならないわけではありません。通常の相談であれば、適切な研修を受けた人事・コンプライアンス担当者が調査を行うことも可能です。

一方、経営者・役員・人事責任者が行為者とされる場合、重大な性的行為や暴行が問題となる場合、既に代理人が就いている場合、内部告発・報復の問題を伴う場合、会社の過去対応自体が争点となる場合などは、社内だけの調査では独立性・信頼性に疑義が生じやすくなります。

マニュアルでは、「誰が関係者である場合に通常ルートから外すか」「外部専門家へ切り替える判断者は誰か」を事前に定めておくと、重大案件で調査主体を巡って混乱しにくくなります。

11.調査中の暫定措置:結論前でも安全確保は必要になる

調査に一定の時間を要する場合でも、相談者と行為者を同じ業務・同じ指揮命令系統に置き続けることで被害が拡大するおそれがあるときは、暫定措置を検討します。

例えば、座席・シフト・報告ラインの一時変更、直接連絡の制限、在宅勤務、出張・会食への同席回避等が考えられます。ただし、相談者だけを一方的に異動させたり、希望しない休職を事実上強いたりすると、「相談したことで不利益を受けた」と受け取られる可能性があります。

暫定措置は懲戒処分ではありません。目的を安全確保・調査環境の確保に置き、必要性・期間・対象者への説明を整理して実施することが重要です。

12.ハラスメント該当性と人事・懲戒措置は分けて判断する

調査後は、①どの事実が認定できるか、②その事実が法令・指針上のハラスメントに該当するか、③就業規則・服務規律に違反するか、④どの人事・懲戒措置が相当か、という順序で整理すると判断が安定します。

「ハラスメントに該当するから必ず懲戒解雇」「ハラスメントに該当しないから何もしない」と機械的に決めるべきではありません。ハラスメントの法的定義に該当しない言動でも、服務規律違反、管理職として不適切な指導、コミュニケーション上の問題として指導・研修が必要な場合があります。

懲戒処分を行う場合は、就業規則上の根拠、行為の内容・程度、故意性、被害、反復性、職位、過去の処分例、本人の反省・改善可能性等を確認し、処分の重さが過大にならないか検討します。

12-1.最高裁判例:処分の相当性は行為態様・職位・反復性等を総合して判断する

最高裁第一小法廷平成27年2月26日判決(平成26年(受)第1310号)は、管理職である男性従業員2名が、同じ部署で働く女性従業員らに対し、1年余りにわたって性的な発言等を繰り返した事案で、30日又は10日の出勤停止処分と、その処分を理由とする降格を有効と判断しました。

最高裁は、発言の内容・反復継続性、被害を受けた従業員の就業環境への影響、行為者が管理職であったこと、会社がセクハラ防止を重要課題として禁止文書の周知や毎年の研修を実施していたことなどを重視しています。また、被害者が明白な拒否を示していなかったことや、会社が事前に個別の警告・注意をしていなかったことについても、この事案では行為者側に有利な事情とは評価しませんでした。

もっとも、この判例から「ハラスメントが認定されれば重い懲戒処分が常に許される」と一般化することはできません。処分を検討するときは、行為の内容・回数・期間、職位、被害の程度、会社の周知・研修状況、過去の処分例等を具体的に確認し、就業規則上の根拠と処分の均衡を検討する必要があります。

13.被害者への配慮は「行為者を処分したら終わり」ではない

事実が確認された場合、行為者への措置だけでなく、被害者の就業環境を回復するための対応が必要です。必要に応じて、配置・指揮命令系統の見直し、勤務上の配慮、休暇・休業制度の案内、産業医や外部相談先への接続等を検討します。

また、相談後に同僚から詮索される、評価が下がる、重要業務から外される、昇進・更新で不利益を受けるといった二次被害・報復が起こらないよう、関係部署へのフォローも必要です。

14.プライバシー保護と情報共有の範囲を決める

ハラスメント調査では、相談者・行為者・第三者のセンシティブな情報を扱います。法令・指針でも、相談者や行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を周知することが求められています。

実務では、調査に必要な範囲を超えて相談内容を共有しないこと、メールのCCやチャットグループで不用意に情報を拡散しないこと、ヒアリング記録へのアクセス権限を限定すること、関係者にも守秘を求めることが重要です。

他方、「完全に秘密にします」と約束すると、行為者への確認や会社としての措置ができなくなる場合があります。相談受付時に、「必要な調査・対応のため、必要最小限の範囲で関係者へ共有する場合がある」と説明しておく方が適切です。

15.調査記録・証拠の残し方

ハラスメント対応では、後から「会社がどのような情報を得て、どう判断し、何をしたか」を説明できる記録が重要です。

記録・証拠残しておきたい内容注意点
相談受付記録相談日時、相談者、申告内容、緊急性、希望、説明事項相談者の評価語と具体的事実を区別して記載する
ヒアリング記録質問、回答、確認した資料、認識の相違作成者・日時を明確にし、推測を事実のように書かない
客観資料メール、チャット、録音、勤怠、日報、会議資料、SNS等原本性・取得経緯を確認し、改変を避ける
判断記録認定事実、評価、措置理由、代替案の検討結論だけでなく判断過程を残す
事後対応記録被害者配慮、処分、配置、研修、再発防止、フォロー実施日・担当者・継続対応の有無を残す

すべてのハラスメント調査記録について法令上共通の一律保存年限が定められているわけではないため、根拠なく「必ず5年」などと決めるのではなく、文書管理規程、個人情報管理、労務紛争の可能性、関連資料の保存期間等を踏まえて社内ルールを定めます。

16.2026年10月1日からのカスタマーハラスメント対策をマニュアルへ組み込む

2026年10月1日施行の改正では、カスタマーハラスメント防止措置が事業主の義務となります。対象となるのは、単なる「クレーム」ではなく、顧客等の言動のうち、業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超え、それによって労働者の就業環境が害されるものです。

厚生労働省の指針・リーフレットでは、会社として「カスタマーハラスメントには毅然と対応し、労働者を保護する」旨の方針を明確にするとともに、現場での対処内容をあらかじめ定めて周知することが求められています。

具体的には、管理監督者へ指示を仰ぐ、可能な限り労働者を一人で対応させない、犯罪に該当し得る言動は警察への通報を検討する、本社・本部へ情報共有して指示を仰ぐ、といったエスカレーションを事前に決めておくことが重要です。

また、特に悪質と考えられるカスタマーハラスメントへの対処方針をあらかじめ定め、実際に対処できる体制を整えることも義務の内容に含まれます。顧客対応部門だけでなく、店舗、営業、コールセンター、医療・介護、教育、施設運営等、顧客等と接する現場ごとに具体化する必要があります。

一方で、正当な苦情や合理的な配慮を求める申出までカスタマーハラスメントとして排除しないよう注意が必要です。消費者の権利や障害者差別解消法上の合理的配慮等にも留意し、要求内容と手段・態様を分けて評価します。

17.2026年10月1日からの求職者等セクハラ対策

2026年10月1日施行の改正では、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置も事業主の義務となります。対象となるのは、採用応募者だけでなく、採用活動への参加者、教育実習・看護実習その他の実習を受ける者等を含み得ます。採用面接、説明会、OB・OG訪問、インターン、SNS等のオンライン上のやり取りも対象になり得ます。

マニュアルでは、面談・面接を行う時間帯・場所、複数人での実施、会社が指定する連絡手段、私的な連絡先交換の扱い、会食・飲酒を伴う接触のルール等を定め、採用に関与する従業員へ周知・研修します。

また、求職者等が利用できる相談窓口をあらかじめ定め、求職者等へ周知する必要があります。相談したことや事実確認に協力したことが採用選考に影響しないことも明確にしておくべきです。採用担当部署だけに相談先を置くと相談をためらう可能性があるため、コンプライアンス部門等の別ルートを用意することも検討します。

18.就業規則・懲戒規程・マニュアルを分断しない

ハラスメント対応マニュアルだけを詳細にしても、就業規則や懲戒規程に必要な根拠がなければ、実際の処分段階で問題になります。

就業規則等では、ハラスメント禁止、服務規律、相談・調査への協力、秘密保持、報復禁止、懲戒事由・懲戒種類等を確認し、マニュアルでは相談から調査・判断までの具体的な社内フローを定めるという役割分担が考えられます。

カスタマーハラスメントについては、従業員が被害を受けた場合の対応だけでなく、自社の従業員が取引先等の労働者に対してカスタマーハラスメントを行わないよう注意を促すことも重要です。

19.裁判例を確認するときに見るべきポイント

ハラスメントに関する裁判例は、同じ「パワハラ」「セクハラ」という名称でも、具体的な言動、職位、回数、期間、業務上の必要性、会社の認識時期、相談後の対応等によって評価が大きく異なります。

裁判例を実務で参照するときは、少なくとも次の点を比較します。

  • 問題となった具体的言動と、その前後の状況
  • 行為者と被害者の職位・関係性
  • 言動の回数、継続期間、公開性
  • 業務上の必要性・目的があったか
  • 会社がいつ相談・申告を把握したか
  • 会社がどのような調査を行ったか
  • 被害者への配慮・配置等をどのように行ったか
  • 行為者への処分内容と、その相当性
  • 再発防止措置を行ったか
  • 損害賠償責任が認められた根拠と範囲

事件名や結論だけを見て、「この程度なら処分できる」「この言葉なら必ずパワハラになる」と一般化しないことが重要です。

20.ハラスメント相談を受けたときの実務フロー

会社側で相談を受けたときは、次の順序で進めると整理しやすくなります。

①相談を受け付け、緊急性・安全確保の必要性を確認する

②相談内容と本人の希望を整理する

③証拠を保全する

④調査担当者・判断者を決め、利益相反を確認する

⑤必要に応じて暫定的な接触回避・配置等を行う

⑥相談者から具体的事実を聴取する

⑦行為者へ説明機会を与える

⑧第三者聴取・客観資料確認を行う

⑨認定できる事実と不明な事実を分ける

⑩法令・指針・就業規則に照らして評価する

⑪被害者への配慮、行為者への措置、再発防止を決める

⑫必要な範囲で関係者へ結果・今後の対応を説明する

⑬一定期間後に再発・報復・職場環境をフォローする

21.弊所の実務上の視点:最も危険なのは「相談を受けた後の迷走」

ハラスメント案件では、問題となる言動そのものだけでなく、会社が相談を受けた後にどのように動いたかが大きな争点になり得ます。相談を受けたのに放置した、被害者だけを異動させた、事実確認前に加害者と決めつけた、調査内容が社内に広まった、結論を説明しないまま長期間経過した、といった対応が新たな紛争を生むことがあります。

弊所では、マニュアルを作成する際、「法的定義を詳細に書くこと」以上に、受付担当者が相談を受けた翌日に何をするのか、重大案件を誰へ上げるのか、調査担当者に利益相反がある場合にどう切り替えるのか、調査中の安全確保をどう行うのか、といった実務フローを明確にすることが重要だと考えています。

また、ハラスメント案件は人事だけで完結しないことがあります。メンタルヘルス、休職、労災、懲戒、退職、個人情報、取引先対応、危機管理、訴訟等へ発展する可能性があるため、一定の重大性を超えた段階で法務・経営・外部専門家へ連携する基準を決めておくと対応が安定します。

22.ハラスメント対応マニュアル・運用チェックリスト

  • ハラスメントを許さない方針を明確にし、全従業員へ周知している
  • パワハラ・セクハラ・妊娠出産・育児介護等の対象範囲を整理している
  • 相談窓口と代替窓口を定めている
  • 相談窓口担当者へ対応研修を行っている
  • 相談受付票・ヒアリング項目を用意している
  • 相談後の報告先・調査担当者・判断者を決めている
  • 経営者・役員が対象となる場合の別ルートがある
  • 緊急時の安全確保・暫定措置を定めている
  • 証拠保全の方法を定めている
  • 相談者・行為者・第三者のヒアリングを分けて実施する運用がある
  • プライバシー・守秘・情報共有範囲を定めている
  • 相談・調査協力を理由とする不利益取扱いを禁止している
  • 認定事実と評価を分けて記録している
  • 就業規則・懲戒規程との整合を確認している
  • 被害者への配慮・就業環境回復の選択肢を用意している
  • 再発防止と事後フォローを行う仕組みがある
  • 調査記録の保存・アクセス権限を定めている
  • カスタマーハラスメントの現場対応・エスカレーションを整備している
  • 求職者等セクハラの採用活動ルール・相談窓口を整備している
  • 制度改正や実際の相談事例を踏まえてマニュアルを定期的に見直している

23.FAQ

Q1.小規模企業でもハラスメント相談窓口は必要ですか?

はい。職場のパワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産等、育児・介護休業等に関する防止措置は、企業規模を問わず事業主に義務付けられています。

Q2.外部相談窓口を必ず設けなければなりませんか?

一律に外部窓口が必須というわけではありません。社内担当者、相談制度、外部機関への委託等の方法があります。ただし、経営者や人事担当者が当事者となる場合に備え、代替ルートを設けることは重要です。

Q3.匿名相談でも調査する必要がありますか?

匿名でも、把握できた情報から就業環境上の問題が疑われる場合は、可能な範囲で対応を検討します。ただし、匿名性を維持したままでは事実確認や個別措置に限界があるため、その点を相談者へ説明することが重要です。

Q4.相談者が「調査しないでほしい」と言った場合は?

本人の意向は重要ですが、会社が重大な安全上・コンプライアンス上の問題を把握した場合には、完全に何もしないことが適切とは限りません。本人の不安や情報共有範囲に配慮しつつ、会社として必要な対応を検討します。

Q5.パワハラと厳しい業務指導はどう区別しますか?

業務上の必要性、目的、言動の内容・程度、頻度、継続性、相手との関係、職場への影響等を総合的に確認します。強い口調だけ、又は「指導」という名称だけで判断しません。

Q6.証拠がなく、相談者と行為者の話が食い違う場合は?

供述内容の具体性・一貫性だけでなく、メール、チャット、勤怠、第三者の供述、前後の行動等を確認します。確認できない事実を無理に認定せず、不明部分と認定できる部分を分けて判断します。

Q7.調査中に行為者を異動させてもよいですか?

安全確保や調査環境の確保のため暫定措置が必要な場合はあります。ただし、懲戒処分と混同せず、必要性・期間・対象者への影響を検討して実施します。

Q8.ハラスメントが認定されたら懲戒解雇できますか?

自動的に懲戒解雇になるわけではありません。就業規則上の根拠、行為の重大性・反復性、被害、職位、過去の処分例等を踏まえ、相当な処分かを個別に検討します。

Q9.相談者へ調査結果をどこまで説明すべきですか?

プライバシーや人事情報への配慮が必要なため、すべての処分内容を詳細に開示できるとは限りません。他方、相談を受け付けたまま結果を何も伝えないのではなく、会社が必要な確認・対応を行ったことや今後の就業環境上の対応を説明することが重要です。

Q10.カスタマーハラスメント対策はいつから義務ですか?

2026年10月1日施行の改正により事業主の義務となります。方針の明確化、相談体制、事実確認、被害者への配慮、再発防止、悪質事案への対処体制等を整備する必要があります。

Q11.顧客から強い苦情を受けたらすべてカスハラですか?

いいえ。要求内容や手段・態様が社会通念上許容される範囲を超えているか、就業環境が害される程度か等を総合的に判断します。正当な苦情や合理的配慮を求める申出まで一律に排除しないことが重要です。

Q12.採用面接でのセクハラ相談窓口は従業員用窓口と同じでもよいですか?

同一窓口とすること自体は考えられますが、求職者等が利用できることを明確にし、求職者等へ周知する必要があります。採用担当者以外へ相談できるルートを設けることも検討します。

Q13.調査記録は何年間保存すべきですか?

すべてのハラスメント記録に共通する一律の保存年限があるわけではありません。文書管理規程、個人情報管理、紛争可能性、関連資料の保存期間等を踏まえて社内基準を定めます。

Q14.相談があった段階で弁護士へ相談すべきですか?

重大な事案、経営者・役員が関係する事案、懲戒解雇等を検討する事案、外部通報・代理人対応・訴訟リスクが高い事案では、調査方針を固める前の段階で相談する方が選択肢を確保しやすくなります。

24.弁護士への相談を早めた方がよい場面

次のような場合には、調査・処分の方向性を固める前に相談することを検討してください。

  • 経営者・役員・人事責任者が行為者とされている
  • 暴行、性的行為、脅迫等、重大な行為が疑われる
  • 相談者が休職・退職・労災申請を検討している
  • 行為者が事実を全面否認し、証拠関係が複雑である
  • 複数の被害申告があり、組織的な問題が疑われる
  • 懲戒解雇・降格・長期出勤停止等の重い処分を検討している
  • 労働組合・合同労組が関与している
  • 代理人弁護士から通知が届いた
  • SNSや報道への拡散、取引先への影響が予想される
  • カスタマーハラスメントで警察対応・取引停止等を検討している
  • 求職者・学生等から採用活動中のハラスメント申告があった
  • 社内調査の独立性・中立性を確保しにくい

25.まとめ

ハラスメント対応マニュアルは、禁止事項の一覧ではなく、相談から解決までの会社の行動を標準化するための文書です。方針の明確化、相談体制、迅速かつ正確な事実確認、被害者・行為者への適切な措置、再発防止、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止を、実際の担当者が迷わず動ける手順に落とし込む必要があります。

また、2026年10月1日施行の改正により、カスタマーハラスメントと求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置も事業主の義務となります。従業員同士のハラスメントだけを前提とした既存マニュアルは、顧客対応・採用活動まで含めて見直す必要があります。

企業にとって重要なのは、相談が来てから対応方法を考えるのではなく、平時から窓口・調査主体・証拠保全・暫定措置・処分判断・事後フォローの流れを決めておくことです。重大案件ほど初動が後の紛争結果に影響しやすいため、早い段階で事実と選択肢を整理することが重要です。

26.主要な裁判例・一次資料・公式情報

  • 東京地方裁判所平成29年11月30日判決(平成27年(ワ)第8146号)
  • 最高裁判所第一小法廷平成27年2月26日判決(平成26年(受)第1310号)
  • 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」
  • 厚生労働省「事業主が講ずべきハラスメント対策パンフレット」(令和8年7月更新)
  • 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)
  • 厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)
  • 厚生労働省「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成28年厚生労働省告示第312号)
  • 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」
  • 厚生労働省「2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が義務化されます!」
  • 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)
  • 厚生労働省「事業主が求職活動等における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第52号)