ベンチャー・スタートアップ法務

2026年9月1日

ストックオプション設計と税制適格要件

付与対象者・プール・ベスティング・退職・M&A・発行手続まで、スタートアップ本部が押さえる実務

この記事の結論

ストックオプション(SO)は「税制適格かどうか」だけで設計するものではありません。①誰にどの程度付与するか、②いつ権利を確定させるか、③退職・M&A・IPOでどう処理するか、④会社法上の発行手続をどう行うか、⑤税制適格要件と株式管理をどう満たすかを、資本政策と採用戦略に合わせて一体で設計する必要があります。

1.ストックオプション設計は「税務」より先に資本政策から考える

スタートアップにおけるSOは、将来の企業価値上昇を役員・従業員等と共有するためのインセンティブとして広く利用されます。会社法上は、新株予約権を用いて設計するのが一般的です。

もっとも、付与時点で税制適格要件だけを確認しても、制度としては不十分です。SOを発行すると、将来の完全希薄化後持株比率、次回資金調達時の投資家持分、創業者持分、M&A時の配分に影響します。したがって、まず「誰に何%相当を確保するか」「将来採用分をどの程度残すか」を資本政策上決め、その後に個別付与条件へ落とし込むのが基本です。

設計論点実務上の確認
SOプール既発行株式だけでなく、潜在株式を含む完全希薄化ベースで管理する
付与対象者役割・採用難易度・責任範囲・入社時期等を踏まえて付与基準を作る
付与時期採用時、昇格時、資金調達後など、評価時点と社内公平性を揃える
Exitとの関係IPOだけでなくM&Aを想定し、行使・加速・消滅の扱いを決める
税務税制適格SOを使う場合は、付与契約の当初から要件を満たすよう設計する

2.SOプールは「発行枠」ではなく希薄化管理の問題

SOプールを設定する場合、会社内部では「残り何個の新株予約権があるか」だけでなく、行使された場合に各株主の持株比率がどこまで希薄化するかを管理する必要があります。投資ラウンドでは、投資前にプールを積み増すのか、投資後に確保するのかによって、創業者と投資家の希薄化負担が変わります。

弊所の実務上の視点

SOプールは採用計画と資金調達計画を別々に作らず、少なくとも12~24か月程度の採用ポジションと次回ラウンドまでを一つの資本政策表で管理するのが有効です。候補者ごとの付与交渉を先行させると、後からプール不足や過度な希薄化が発覚しやすくなります。

3.ベスティングは「在籍期間」だけでなく、退職時処理まで決める

SOは、付与日に全量を確定させるのではなく、一定期間の経過等に応じて権利を段階的に確定させるベスティングを用いることがあります。目的は、長期的な貢献とインセンティブを結び付けることです。

項目設計例・検討事項
クリフ一定期間経過までは確定ゼロとし、その時点で一部をまとめて確定させるか
月次・四半期クリフ後に毎月・四半期ごとに確定させるか
退職未確定分を消滅させるか。確定済み分の行使期限をどうするか
会社都合退職自己都合退職と同じ扱いにするか、別の扱いを設けるか
死亡・傷病相続・行使可能期間等について特則を置くか
M&ASingle Trigger / Double Trigger型の加速条項を採用するか

特に退職時は、①未確定分、②確定済み未行使分、③行使済み株式の三層を分けて考える必要があります。SO契約だけでなく、株主間契約やM&A時の株式処理との整合も確認します。

3-1.裁判例から見る退職後の行使条件

東京高裁平成28年11月10日判決(平成27年(ネ)第994号)は、在職中に新株予約権の割当てを受けた従業員が、退職勧奨に応じて退職した後も新株予約権を行使できるかが争われた事案です。割当契約では、原則として行使時に役員・従業員等の地位にあることが必要とされ、任期満了・定年退職その他「正当な理由」があると取締役会が認めた場合などに限り例外的に行使できるものとされていました。

退職勧奨通知書には新株予約権について「両者合意の上有効とする」との記載がありましたが、裁判所は、この文言だけで在職要件や取締役会承認がなくなり、退職後に無条件で行使できるようになったとは解釈しませんでした。退職勧奨に関する一連の合意として、円満に退職した場合には例外的に「正当な理由」があるものとして取締役会に承認議案を上程し、承認を求める趣旨であると判断しました。そして、実際に取締役会の承認決議がされていなかったため、行使条件を満たしていないとして元従業員の請求を退けました。

この判決は、退職すればSOが当然に失効するという一般ルールを示したものではありません。実務上重要なのは、「権利を残す」「消却しない」「退職後も有効」といった合意と、実際に新株予約権を行使できる条件・手続とは別問題になり得ることです。退職後の例外行使を認めるのであれば、付与契約上の在籍要件、例外事由、取締役会等の承認の要否、必要書類、行使期限まで一体として整理し、退職合意の文言と会社法上・社内手続を一致させる必要があります。

4.M&Aを想定しないSOは、Exit直前に詰まりやすい

IPOのみを前提に設計すると、M&Aで会社が売却される際に、未行使SOをどう扱うかが問題になります。買主が未行使SOを引き継がない場合、売却前に行使させるのか、対価を支払って消滅させるのか、一定条件で加速させるのかを検討する必要があります。

  • Change of Controlの定義を、株式譲渡だけでなく合併・株式交換等を含めて設計する
  • 未確定SOの全部または一部を加速させるかを明示する
  • 行使資金を準備できない付与対象者への対応を検討する
  • 買主が承継する場合の代替新株予約権・代替報酬の扱いを定める
  • SO保有者が株式売却手続に協力するための条項を、株主間契約等と整合させる

5.会社法上の発行手続は、会社の機関設計・発行条件で変わる

SOとして新株予約権を発行する場合、会社法上の募集新株予約権の発行手続を踏む必要があります。募集事項の決定機関や株主総会決議の要否は、公開会社・非公開会社、取締役会設置の有無、発行条件が特に有利かどうか等によって異なります。したがって、「SOは必ず株主総会特別決議」というように一律には整理できません。

実務では、少なくとも次の書類・手続を一連で管理します。

  • 募集事項・新株予約権の内容の決定
  • 必要な株主総会・取締役会等の決議
  • 付与対象者との新株予約権割当契約/付与契約
  • 新株予約権原簿の整備
  • 必要な変更登記
  • 行使時の払込み・株式発行または自己株式交付の処理
  • 税制適格SOの場合の保管・管理要件に沿った運用

6.ストックオプション・プール制度により、一定のスタートアップは発行を機動化できる

産業競争力強化法には、一定の要件を満たし経済産業大臣・法務大臣の確認を受けたスタートアップについて、募集新株予約権の募集事項に関し、株主総会から取締役(会)へ委任できる事項を拡大し、委任の有効期限も延長できる制度があります。採用のたびに株主総会対応が必要となる負担を軽減し、SOを機動的に発行する選択肢です。

経済産業省「募集新株予約権の機動的な発行(ストックオプション・プール)に関する制度」

7.税制適格SOは「行使時課税の繰延べ」が中心的効果

税制適格SOについては、一定の要件を満たすことで、権利行使時の株式時価と権利行使価額との差額に対する課税を株式売却時まで繰り延べ、売却時に売却価格と権利行使価額との差額を譲渡所得として扱う仕組みです。税制非適格SOでは、権利行使時の経済的利益が給与所得等として課税され得るため、未上場株式で現金化できない段階の税負担が問題になり得ます。

経済産業省「ストックオプション税制」

8.税制適格要件は「付与契約の当初から」確認する

税制適格要件は、権利行使直前に整えればよいわけではありません。国税庁は、当初の付与契約が税制適格要件を満たしていない場合、後から契約内容を税制適格に変更しても原則として適用できない旨を示しています。

重要

SO発行時には、会社法上の発行条件と税制適格要件を別々にチェックせず、募集事項・新株予約権の内容・付与契約・管理方法まで一式で確認することが重要です。

国税庁「ストックオプション契約の内容を税制非適格から税制適格に変更した場合」

9.2024年度税制改正後の重要ポイント

2024年度税制改正により、スタートアップのSO税制は重要な拡充がされています。特に実務上確認すべき点は次のとおりです。

改正・制度実務ポイント
年間権利行使価額従来の基本上限に加え、一定の会社では年2,400万円または3,600万円まで拡大
権利行使期間一定の設立5年未満の非上場会社では、付与決議後2年経過日から15年経過日までに延長
株式管理一定の譲渡制限株式について、証券会社等での保管に代えて発行会社自身による管理が可能
社外高度人材一定の認定制度を利用することで、社外高度人材にも税制適格SOを付与できる枠組みあり

なお、年間権利行使価額の上限は会社の設立後期間等によって異なるため、個別の会社・付与対象者ごとに確認が必要です。

10.権利行使価額は「とりあえず直近ラウンド価格」では決めない

税制適格SOでは、付与契約時の株価以上の権利行使価額とすることが重要です。非上場会社では株価算定が問題になりやすく、資金調達時の優先株式価格と普通株式の価値が必ずしも同一とは限りません。国税庁は、一定の場合に財産評価基本通達の例による特例方式も示しています。

国税庁「具体的な株価の算定方法(ストックオプション)」

弊所の実務上の視点

株価算定は「税制適格の判定」のためだけに行うのではありません。取締役会・株主への説明、次回資金調達との整合、既存付与者との公平性、M&A時の説明可能性まで考え、算定根拠を社内に保存しておくことが重要です。

11.付与対象者への説明で最低限そろえる事項

SOは給与と異なり、付与時点で現金価値が確定しているものではありません。採用時に「○%分のSO」とだけ説明すると、希薄化、ベスティング、行使価格、税負担、退職時の失効条件について認識齟齬が生じやすくなります。

  • 付与予定数と、基準となる完全希薄化後株式数
  • 権利行使価額と、その算定時点
  • ベスティング開始日・クリフ・確定スケジュール
  • 退職時の未確定分/確定済み分の扱い
  • 権利行使期間と行使手続
  • IPO・M&A時の扱い
  • 税制適格を予定する場合でも、最終的な税務取扱いは要件充足状況によること
  • 株価下落やExit不成立により経済的利益が生じない可能性

11-1.裁判例から見る退職時の説明・確認の重要性

東京地裁平成28年6月15日判決(平成26年(ワ)第30582号)は、海外親会社からストック・オプションと譲渡制限付株式を付与されていた従業員が会社都合で退職した事案です。この制度では、一定期間ごとに権利が順次確定し、雇用関係終了日までに確定していない部分は原則として失効し、確定済み部分のみが退職後一定期間行使できるものとされていました。実際にも、元従業員は退職日までに確定済みの部分を行使し、未確定部分は失効しています。

元従業員は退職条件の協議中、未確定部分について退職後も権利を維持したいと要望し、会社の人事担当者は海外親会社に確認して結果を報告すると述べていました。しかし、担当者は実際には確認せず、そのまま放置しました。裁判所は、この対応を不誠実で極めて無責任であり、約束を守らなかったとの非難を免れないと評価しました。

もっとも、会社が約束したのは海外親会社への確認と結果報告であって、例外的な権利維持そのものを約束したものではなく、海外親会社が例外扱いを認めた蓋然性も認められないなどとして、SO喪失との相当因果関係や損害の発生は否定されました。この判決から一般的な説明義務の範囲を直ちに導くことはできませんが、退職時にSOの取扱いが協議事項となった場合、とりわけ親会社等が発行主体であるケースでは、誰が例外処理を決定できるのか、会社が何を確認・回答するのかを明確にし、約束した確認事項を放置しない運用が重要です。

12.よくある設計ミス

設計ミス問題
税制適格だけを先に決める採用・資本政策・Exit条件と整合せず、制度全体が使いにくくなる
SOプール残高だけを見る完全希薄化後の創業者・投資家持分への影響を見落とす
退職条項が粗い退職理由にかかわらず一律失効となり、採用・紛争両面で問題化しやすい
M&A条項がない未行使・未確定SOの処理が売却実行の障害になる
株価算定資料を残さない税務・投資家DD・M&Aで説明根拠が不足する
契約を後から適格化する前提当初契約が要件を満たさないと税制適格が認められない場合がある

13.SO発行前チェックリスト

  • 最新のキャップテーブルを完全希薄化ベースで確認した
  • SOプールの必要量と将来採用計画を確認した
  • 付与対象者ごとの付与基準が説明できる
  • ベスティング、クリフ、退職時について、未確定分・確定済み未行使分・行使済み株式を分けて処理を定めた
  • 退職後の例外行使に取締役会等の承認が必要な場合、その手続と退職合意の内容が一致している
  • IPO・M&A時の行使・加速・消滅処理を定めた
  • 会社法上の決議機関と手続を確認した
  • 発行条件が有利発行に該当する可能性を検討した
  • 税制適格SOを使う場合、付与契約当初から要件を確認した
  • 権利行使価額の算定根拠を保存した
  • 年間権利行使価額の上限を会社の設立後期間等に応じて確認した
  • 株式の保管・管理方法を確認した
  • 付与対象者向け説明資料と契約書の内容を一致させ、「有効」「失効させない」等の表現だけで行使可能性が曖昧になっていない
  • 親会社等がSOの発行主体である場合、例外処理の決定権者・問い合わせ先・回答方法を整理した
  • 新株予約権原簿・登記・行使管理の担当者を決めた

14.FAQ

Q1.税制適格SOなら、付与時・行使時に一切課税されませんか?

税制適格要件を満たして適用を受ける場合、中心的な効果は権利行使時の経済的利益への課税を株式売却時まで繰り延べる点です。個別の税務は付与者・対象者・株式管理等を含め確認が必要です。

Q2.年間1,200万円を超えると必ず税制適格にならないのですか?

現在は一定の会社について上限が2,400万円または3,600万円へ引き上げられています。会社の設立後期間等により異なるため、一律1,200万円とはいえません。

Q3.退職後もSOを行使できるようにできますか?

契約設計上、退職後の行使を認めることは考えられますが、単に「退職後も有効」「消却しない」と合意するだけで当然に行使できるとは限りません。東京高裁平成28年11月10日判決(平成27年(ネ)第994号)では、在職を原則的な行使条件とし、退職後は取締役会が「正当な理由」を認めた場合に例外的に行使できる設計の下で、退職時の「両者合意の上有効とする」との文言だけでは取締役会承認を不要とするものではないと判断されました。退職後の行使を認める場合は、付与契約上の行使条件、例外要件、必要な機関決定、行使期限まで整合させることが重要です。

Q4.社外のアドバイザーに税制適格SOを付与できますか?

一定の社外高度人材については、認定制度を利用して税制優遇の対象とする枠組みがあります。通常の役員・従業員向け制度と同じ前提で扱わず、認定要件を確認します。

Q5.発行会社自身が行使後株式を管理できますか?

2024年度税制改正により、一定の譲渡制限株式について発行会社自身による管理が可能になりました。具体的な管理要件に沿った運用が必要です。

Q6.税制非適格SOを後から適格SOに変更できますか?

国税庁は、当初の付与契約が要件を満たさない場合、後から変更しても原則として税制適格の適用は受けられないとの取扱いを示しています。

Q7.SOプールは何%が適切ですか?

一律の正解はありません。今後の採用計画、職種、資金調達、創業者持分、既存投資家との合意を踏まえて設計します。

Q8.M&AのときSOは自動的に現金化されますか?

自動的にそうなるわけではありません。契約条件と買収スキームに応じ、行使・加速・消滅・承継等を設計する必要があります。

Q9.退職時に会社がSOの取扱いを確認すると回答した場合、注意すべきことはありますか?

会社が確認・回答すると約束した事項は、担当者任せにせず、決定権者・問い合わせ先・回答期限を明確にして実際に対応することが重要です。東京地裁平成28年6月15日判決(平成26年(ワ)第30582号)では、人事担当者が海外親会社に確認して結果を報告すると述べながら対応しなかったことについて、不誠実で極めて無責任と評価されました。もっとも、同判決は一般的な説明義務の範囲を広く示したものではなく、SO喪失との相当因果関係や損害も否定しています。

15.関連して確認したい記事

16.主要一次資料

まとめ|SOは「付与して終わり」ではなく、Exitまで管理する制度

ストックオプションは、採用競争力を高める有力な手段ですが、付与数・希薄化・ベスティング・退職・M&A・会社法上の発行手続・税制適格要件・株式管理を別々に設計すると、成長後に矛盾が表面化します。特に税制適格SOは当初の付与契約から要件を整える必要があるため、発行直前ではなく、資本政策を作る段階から法務・税務を連携させることが重要です。

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