海外企業との取引で紛争が発生した場合、最初に考えるべきことは「仲裁か訴訟か」という抽象的な二者択一ではありません。契約上の紛争解決条項が何を定めているか、相手方と資産がどの国にあるか、緊急の保全が必要か、どこで証拠を確保できるか、そして最終的に判決又は仲裁判断をどこで執行するのかを、同時に確認する必要があります。
国際紛争では、勝つことと回収することが別問題になりやすい点が国内紛争との大きな違いです。日本で勝訴しても相手国で判決を執行できなければ回収につながらず、逆に海外で訴えられた場合には、管轄や送達を争うべき時期を逃すだけで防御コストが大きく増えることがあります。
本稿では、2026年9月時点の日本法・国際条約・公的資料を前提に、紛争発生後の日本企業が国際仲裁・国際訴訟をどのような順序で検討すべきかを整理します。仲裁機関・仲裁地・言語・準拠法を契約締結時にどう選ぶかという条項設計の詳細は、別記事で扱います。
先に結論
国際紛争の初動では、①契約・仲裁合意の確認、②管轄・準拠法の整理、③請求と反論の時効・除斥期間、④相手資産の所在地、⑤保全の要否、⑥送達・証拠収集方法、⑦勝訴後の承認・執行可能性を同時に確認します。「日本で訴えやすいから」「仲裁の方が国際的だから」という理由だけで手続を選ばないことが重要です。
1.国際紛争では「勝訴」より先に「どこで回収するか」を考える
国内事件では、判決を得れば日本の民事執行制度を利用して預金、売掛金、不動産等へ強制執行するという流れを比較的想定しやすいのに対し、国際事件では、相手方の主要資産が別の国にあることが珍しくありません。その場合、判決又は仲裁判断を資産所在地国で承認・執行できるかが回収可能性を左右します。
したがって、紛争発生時には「請求額はいくらか」だけでなく、「相手会社の営業拠点、銀行口座、主要売掛先、在庫、不動産、知的財産その他の執行対象財産がどこにあるか」を確認する必要があります。資産所在地によっては、手続選択そのものを見直すべき場合があります。
| 確認項目 | 国際訴訟 | 国際仲裁 |
|---|---|---|
| 判断主体 | 国の裁判所。上訴制度があるのが通常 | 当事者が合意した仲裁廷。通常の控訴制度はない |
| 管轄・権限 | 各国の国際裁判管轄ルール、管轄合意等を確認 | 仲裁合意の有効性・対象範囲が出発点 |
| 送達 | 外国送達が必要となり得る。条約・相手国法を確認 | 機関規則・仲裁合意に基づく通知が中心 |
| 証拠 | 裁判地国の訴訟法による。外国所在証拠には追加手続が必要な場合 | 手続命令・仲裁規則に基づく。裁判所の援助が必要な場面もある |
| 公開性 | 原則公開の法域が多い | 手続自体は非公開運用が多いが、秘密保持の範囲は合意・規則・適用法を確認 |
| 国際執行 | 国ごとの承認・執行法、条約・地域制度を確認 | ニューヨーク条約を中心とする広範な執行枠組み |
| 保全 | 裁判所の仮差押え・仮処分等 | 裁判所の保全に加え、仲裁廷の暫定保全措置等を検討 |
2.最初に契約書の紛争解決条項を確認する
仲裁合意がある場合、通常訴訟を提起してよいとは限らない
契約に有効な仲裁合意があり、その紛争が仲裁合意の対象に含まれる場合、相手方が裁判所に訴えを提起しても、仲裁合意を根拠として訴訟の却下を求めることが問題となります。日本の仲裁法も、仲裁合意の存在を前提とした訴訟提起について一定の場合に訴えを却下する仕組みを設けています。
ここで重要なのは、契約書に「arbitration」という語があるかだけを見るのではなく、仲裁合意の当事者、対象紛争、対象契約、仲裁機関、仲裁地、複数契約との関係、契約譲渡・保証・関連会社への及び方まで確認することです。複数の基本契約・個別契約に異なる紛争解決条項がある場合は、どの請求がどの条項に服するかを切り分けます。
仲裁合意がなければ、紛争発生後の仲裁移行には相手方の合意が必要
契約締結時に仲裁条項がなくても、紛争発生後に当事者が仲裁合意を締結することは可能です。ただし、既に対立が顕在化した段階では、相手方が仲裁に同意しないことも多いため、実際には国際裁判管轄を前提として対応せざるを得ない場合があります。
3.日本で国際訴訟を行う場合の管轄を確認する
日本の民事訴訟法は、被告の住所等を基礎とする一般的な国際裁判管轄のほか、契約上の債務の履行地、不法行為地、財産所在地等に応じた管轄を定めています。また、一定の法律関係に基づく紛争について、書面又は電磁的記録による国際裁判管轄の合意をすることもできます。
もっとも、日本に形式上の国際裁判管轄があっても、事案の性質、当事者・証拠の所在地、被告の負担等から、日本で審理・裁判をすることが当事者間の公平や適正・迅速な審理を妨げる特別の事情があるとして、訴えが却下されることが問題となる場合があります。管轄条項だけを見て「必ず日本で裁判できる」と判断するのは危険です。
裁判例―日本に管轄原因があっても「特別の事情」で却下された例
最高裁平成28年3月10日判決(平成26年(受)第1985号)は、日本法人とその取締役が、米国法人のウェブサイト掲載記事により名誉・信用を毀損されたとして損害賠償を求めた事案です。記事掲載による名誉・信用毀損の結果が日本国内で発生したといえることから、最高裁は、まず民事訴訟法3条の3第8号により日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合に当たることを前提としました。
しかし、当該紛争は、既に米国で係属していた関連訴訟から派生したもので、本案の主要な争点についての証拠方法が主として米国に所在していました。さらに、当事者が米国での紛争処理を想定していたことや、原告側も米国訴訟で反訴を提起していたことなどを踏まえ、最高裁は、日本で審理・裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げる「特別の事情」があるとして、訴えを却下すべきものとしました。
この判例からも、国際紛争では「日本に管轄原因があるか」と「実際に日本で審理すべきか」を分けて検討する必要があります。関連する外国訴訟、証拠・証人の所在地、当事者の応訴負担、契約上想定された紛争処理地などを、訴訟提起前に確認することが重要です。
実務上のポイント
国際裁判管轄の検討では、「日本で訴えられるか」と「日本で訴えるのが合理的か」を分けます。日本に管轄があっても、外国送達・証人の出廷・外国語証拠の翻訳・外国法の立証・執行国での再手続を考えると、別の法域又は仲裁の方が合理的な場合があります。
4.海外で訴えられた場合は、応訴前に管轄・仲裁合意を確認する
外国裁判所から訴状、summons、claim form等が届いた場合、内容の merits(本案)にすぐ反論する前に、その裁判所に管轄があるのか、有効な仲裁合意がないか、管轄合意に反していないかを現地弁護士と確認します。法域によっては、本案について応訴したことが管轄争いに影響するため、初回提出書面の位置付けが重要です。
同時に、送達が適法に行われたかも確認します。ただし、単に送達方法に疑義があるという理由だけで放置するのは危険です。後に欠席判決が成立し、資産所在地国で承認・執行を求められる可能性があるため、期限管理と現地対応を優先します。
5.外国送達と外国での証拠収集は国内事件より時間がかかる
外国への送達
外国所在の相手方へ日本の訴訟書類を送達する場合、相手国との条約関係や相手国法に応じた手続が必要です。日本はハーグ送達条約の締約国であり、相手国も同条約の締約国であれば、条約上の中央当局等を通じた送達が問題となります。相手国の宣言・留保や必要な翻訳も確認が必要です。
「海外の担当者にメールで訴状を送れば足りる」とは限りません。送達の欠缺は後の外国判決承認にも影響し得るため、訴訟開始時から正式な送達方法を設計します。
外国にある証拠
証人、銀行資料、取引先資料、サーバー上の情報等が国外にある場合、裁判所が直接その外国で証拠調べをできるとは限りません。日本はハーグ証拠条約の締約国ですが、同条約の適用関係、相手国の宣言・留保、対象となる証拠収集の範囲は国ごとに異なります。
また、米国型の広範なdiscoveryを当然の前提にすることも、日本の文書提出命令の感覚をそのまま外国へ持ち込むことも適切ではありません。証拠がどこにあり、誰が管理し、どの手続なら取得可能かを早期に確認することが重要です。
6.外国判決を日本で使うには「承認」と「執行」を分けて考える
外国裁判所で勝訴判決を得ても、その判決だけで直ちに日本国内の預金や不動産を差し押さえられるわけではありません。日本で外国判決の効力が認められるためには、民事訴訟法118条の要件を満たす必要があります。さらに強制執行を行うには、民事執行法24条に基づく執行判決を得る必要があります。
| 民訴法118条の主な確認点 | 実務上の確認 |
|---|---|
| 外国裁判所に裁判権が認められること | 日本法の観点から間接管轄が認められるか |
| 被告への適切な送達又は応訴 | 公示送達類似の方法だけでないか、実際に応訴しているか |
| 判決内容・手続が日本の公序に反しないこと | 懲罰的要素、手続保障、著しい不合理等が問題になり得る |
| 相互の保証があること | 判決国が日本判決を実質的に同等条件で承認する関係があるか |
したがって、外国で訴訟を選択する場合は、訴訟開始前から「その国の判決を日本又は主要資産所在地国で執行できるか」を確認すべきです。判決取得後に初めて執行可能性を調べると、手続選択をやり直せないことがあります。
裁判例―外国判決の承認では「間接管轄」を日本法の観点から確認する
最高裁平成26年4月24日判決(平成23年(受)第1781号)は、米国カリフォルニア州の裁判所が営業秘密の不正な開示・使用について損害賠償と差止めを命じた判決につき、日本で民事執行法24条に基づく執行判決が求められた事案です。問題となったのは、民事訴訟法118条1号の「外国裁判所の裁判権」が認められるか、すなわち間接管轄の有無でした。
最高裁は、人事に関する訴え以外の間接管轄について、基本的に日本の民事訴訟法が定める国際裁判管轄の規定に準拠しつつ、個々の事案の具体的事情に即して、外国裁判所の判決を日本が承認するのが適当かという観点から、条理に照らして判断すべきだとしました。そして、差止請求については、判決国で現実の侵害が既に生じていなくても、同国内で侵害行為又は権利侵害が生じるおそれについて客観的事実関係が証明されれば、間接管轄を認める余地があるとして原判決を破棄し、審理を差し戻しました。
外国判決を日本で利用する可能性がある案件では、判決国の国内法上その裁判所に管轄があるかだけでなく、日本法の観点から民事訴訟法118条1号の間接管轄が認められるかも事前に検討する必要があります。
7.国際仲裁の大きな利点は「国際執行の枠組み」にある
国際仲裁では、1958年のニューヨーク条約が外国仲裁判断の承認・執行について共通の枠組みを提供しています。2026年9月時点でUNCITRALのステータス表には172の締約国が掲載されており、日本も1961年から締約国です。
もっとも、「締約国なら必ず執行できる」わけではありません。仲裁合意の無効、適切な通知・防御機会の欠如、仲裁判断が仲裁合意の範囲を超えていること、仲裁判断がまだ拘束力を有しないこと、執行国の公序等、条約上の執行拒絶事由が問題となり得ます。
また、仲裁判断の存在と回収可能性も別問題です。相手会社が無資力であれば、仲裁判断を取得しても回収できません。国際仲裁を開始する前に、資産調査と保全手段を検討する必要があります。
裁判例―中国の仲裁判断について日本で執行決定が認められた例
大阪地裁平成23年3月25日決定(平成22年(仲)第3号)は、中国国際経済貿易仲裁委員会が中国企業と日本企業の売買契約をめぐってした仲裁判断について、日本で執行決定が求められた事案です。裁判所は、日本と中国がニューヨーク条約の締約国であり、日中貿易協定も存在することを確認した上で、我が国の仲裁法45条・46条の枠組みにより執行決定の要件を判断しました。
同決定では、仲裁合意の無効、適切な通知・防御機会の欠如、仲裁判断が仲裁合意の範囲を超えること等に対応する仲裁法45条2項所定の事由について、相手方がその存在を立証せず、また、紛争が仲裁可能性を欠くものでもなく、仲裁判断の内容が日本の公序良俗に反するとも認められないとして、執行決定が認められました。
この事例は、ニューヨーク条約の締約国でされた仲裁判断であっても、日本国内で強制執行するには裁判所の執行決定が必要であり、執行拒絶事由の有無が審査されることを示しています。「条約加盟国の仲裁判断だから自動的に差押えまで進める」と考えるのは正確ではありません。
裁判例―執行決定の段階で争うべき事項を後から蒸し返せない場合がある
東京高裁平成29年5月18日判決(平成28年(ネ)第4041号)は、ロシアの仲裁廷による仲裁判断について日本の裁判所の執行決定が確定した後、債務者が請求異議訴訟を提起し、仲裁合意を含む契約書が偽造されたため仲裁合意が存在しないなどと主張した事案です。
東京高裁は、「確定した執行決定のある仲裁判断」は、仲裁判断と執行決定が結び付いた複合的な債務名義であり、仲裁判断の成立の瑕疵は執行決定の申立手続で争うことができ、執行決定に対して即時抗告もできることから、後の請求異議訴訟において民事執行法35条1項後段の「裁判以外の債務名義の成立」の異議として改めて主張することは許されないと判断しました。
外国仲裁判断の執行を求められた側では、仲裁合意の不存在・無効、通知や防御機会の問題など、執行拒絶事由となり得る事情を執行決定手続の段階で適時に整理して主張することが重要です。執行決定が確定した後に、同じ問題を別の手続で改めて争えるとは限りません。
国際仲裁はどのように進むか
国際仲裁は、仲裁申立てを出せば直ちに本案審理へ進むわけではありません。機関仲裁では、申立て・答弁、仲裁人の選任、仲裁廷の成立、手続協議、書面提出、文書提出、証人・専門家証拠、審問、最終判断という順序で進むのが一般的です。案件によっては管轄権に関する争いが本案に先行し、緊急保全や手続分離が行われることもあります。
| 段階 | 企業側で必要となる主な対応 |
|---|---|
| 申立て・答弁 | 請求構造、仲裁合意、管轄、時効、反対請求・相殺を整理 |
| 仲裁廷の成立 | 仲裁人候補の独立性・専門性・利益相反を確認 |
| 手続協議 | 日程、提出回数、証拠提出、審問方法、秘密情報の扱いを決める |
| 書面・文書提出 | 契約、メール、チャット、会計資料、技術資料等をレビューし提出範囲を管理 |
| 証人・専門家 | 事実証人の供述、損害・会計・技術等の専門家意見を準備 |
| 審問・判断 | 証人尋問、主張整理を経て仲裁判断を取得し、必要なら執行へ移行 |
米国訴訟のdiscoveryと同じ範囲の証拠開示が当然に行われるわけではなく、仲裁規則、仲裁廷の手続命令、当事者合意等に応じて提出範囲が決まります。そのため、手続協議の段階で「どこまで文書提出を許容するか」を戦略的に検討することが重要です。
複数契約・複数当事者では手続を一本化できるかを確認する
国際取引では、親会社・子会社、販売代理店、保証会社など複数主体が関与し、基本契約・個別契約・保証契約ごとに異なる仲裁条項が置かれていることがあります。この場合、すべての請求を一つの仲裁で処理できるとは限りません。適用される仲裁規則の併合・参加・複数契約に関する規定と、各仲裁合意の整合性を確認します。
手続を分けると、同じ証拠・証人について複数の手続が進み、判断の不一致や費用増大が生じる可能性があります。紛争発生後には、請求関係図を作成し、「誰が誰に何を請求するか」「どの契約条項に服するか」を可視化することが有効です。
8.2024年改正仲裁法と暫定保全措置―本案判断を待てない場面
国際紛争では、資産移転、証拠消失、契約上の地位の変更等により、最終的な仲裁判断を待っていては権利保全が間に合わないことがあります。このため、仲裁廷の暫定保全措置、仲裁機関の緊急仲裁人制度、裁判所による仮差押え・仮処分等を組み合わせて検討します。
日本では2024年4月1日に改正仲裁法が施行され、仲裁廷が命じた一定の暫定保全措置について、日本の裁判所による執行決定を求める制度が整備されました。仲裁地が外国である場合でも、日本国内に対象財産等があるケースで問題となり得ます。
一方、仲裁機関の緊急仲裁人による命令と、仲裁廷成立後の暫定保全措置は同じものではありません。JCAAの資料でも、緊急仲裁人の措置と改正仲裁法による執行制度の関係には区別が示されています。緊急性が高い案件では、仲裁機関の手続だけに依存せず、裁判所保全も含めて検討します。
9.準拠法・仲裁地・裁判地を混同しない
国際事件では、「日本法準拠だから日本で裁判できる」「シンガポール仲裁だからシンガポール法が本案に適用される」といった混同が起きやすい点に注意が必要です。準拠法は本案の権利義務を判断する法、仲裁地は仲裁手続を法的に支える国・地域、裁判管轄はどの国の裁判所で訴訟を行うかという別の問題です。
紛争発生後は、契約の準拠法条項だけでなく、仲裁合意に適用される法、仲裁地法、証拠・送達・執行地法がそれぞれ問題になる可能性があります。外国法が適用される場合には、その内容を適切に調査・立証するコストも見込む必要があります。
10.国際訴訟と国際仲裁のコストは「手続費用」だけで比較しない
仲裁は仲裁人報酬・機関費用が発生するため高額になりやすい一方、裁判は裁判所への手数料が比較的低くても、現地弁護士費用、翻訳、外国送達、証拠収集、専門家意見、出張、外国判決の執行手続まで含めると総コストが大きくなることがあります。
逆に、少額の国際債権を高額な機関仲裁で争うことが経済合理性を欠く場合もあります。請求額だけでなく、争点の複雑性、必要証人、文書量、緊急保全、相手の抵抗度、回収見込み、取引継続の必要性を踏まえて予算を組みます。
| コスト項目 | 見落としやすい内容 |
|---|---|
| 現地代理人 | 裁判地・執行地で別々の代理人が必要になる場合 |
| 翻訳・通訳 | 契約書、メール、証拠、準備書面、証人尋問 |
| 送達・証拠収集 | 条約手続、現地裁判所への申立て、専門家手配 |
| 仲裁費用 | 仲裁人報酬、機関費用、 hearing 会場・速記等 |
| 保全 | 仮差押え、仮処分、緊急仲裁、担保提供 |
| 執行 | 判決・仲裁判断取得後の承認・執行、資産調査 |
| 社内負担 | 担当者の長期拘束、経営判断、証拠収集・レビュー |
11.海外訴訟を受けた直後の社内対応
海外の裁判所から書類が届いた場合、翻訳が終わるまで担当部署の机に置いたままにすると、応訴期限や管轄争いの機会を失うおそれがあります。受領当日に法務・経営・現地拠点へエスカレーションし、少なくとも以下を確認します。
| 時点 | 優先対応 |
|---|---|
| 受領当日 | 裁判所・事件番号・原告・請求内容・提出期限を特定し、封筒・送達記録も保全 |
| 24時間以内 | 契約の管轄・仲裁条項を確認し、裁判地の現地弁護士候補へ連絡 |
| 48時間以内 | 管轄異議・仲裁合意援用の可否、本案応訴との順序、送達の適否を確認 |
| 初週 | 証拠保全通知、関係者ヒアリング、保険・親会社報告、予算と和解権限を整理 |
現地弁護士へは、訴訟書類だけでなく、契約書一式、紛争の時系列、既存の交渉履歴、相手方との関係、重要証拠の所在を共有します。日本側の弁護士が全体戦略と日本法・契約解釈を統括し、現地弁護士が現地手続を担当する形にすると、方針の不一致を抑えやすくなります。
12.証拠・機密情報・データ移転を管理する
国際紛争では、証拠提出のために日本から海外の弁護士・仲裁人・専門家へ大量の社内データを移転することがあります。そこには営業秘密、個人データ、取引先情報、ソースコード、研究資料等が含まれる可能性があります。提出義務だけを見て一括でデータを共有するのではなく、機密指定、アクセス権限、データルーム、マスキング、保護命令・秘密保持命令等の利用可能性を確認します。
また、弁護士との通信や社内調査資料がどの範囲で秘匿されるかは、法域によって考え方が異なります。日本で「弁護士に送ったから当然に開示対象外」と考えている資料が、外国訴訟では別の扱いを受ける可能性があります。紛争が予想される段階から、誰がどの目的で文書を作成し、誰に共有するかを管理する必要があります。
証拠保全については、メールやチャットの自動削除設定、クラウドの保存期間、退職予定者の端末、海外拠点のデータ保管先も確認します。紛争発生後に通常の廃棄ルールをそのまま継続すると、重要証拠が失われるおそれがあります。
13.紛争発生後の実務フロー
| 段階 | 確認・対応 |
|---|---|
| 1 契約確認 | 準拠法、裁判管轄、仲裁合意、通知条項、複数契約の優先関係を確認 |
| 2 期限管理 | 応訴期限、仲裁申立期限、時効・除斥期間、契約上の通知期限をカレンダー化 |
| 3 資産確認 | 相手の主要資産・銀行・売掛先・不動産・子会社等の所在を確認 |
| 4 証拠保全 | メール、チャット、契約交渉履歴、会計資料、ログ、原本等を保全 |
| 5 管轄・手続選択 | 訴訟・仲裁の権限、仲裁合意の範囲、外国送達・証拠収集の実現可能性を比較 |
| 6 保全判断 | 資産散逸・証拠消失があれば裁判所保全、仲裁上の暫定措置等を検討 |
| 7 本案対応 | 請求・反論・相殺・反訴等を整理し、現地弁護士・仲裁代理人と方針を統一 |
| 8 執行戦略 | 判決又は仲裁判断をどの国で承認・執行するかを本案進行中から更新 |
14.弊所の実務上の視点
国際紛争で初動を誤りやすいのは、契約書を読んだ時点で「日本法準拠だから日本で戦う」「仲裁条項があるから仲裁だけ考える」と結論を固定してしまう場面です。実際には、紛争解決条項が不完全であったり、複数契約の条項が矛盾していたり、請求の一部だけが仲裁合意の対象となることがあります。
また、請求の法的強さと回収可能性を分けて評価することが重要です。法的には有力な請求でも、相手の資産が別法人へ移転している、主要資産が執行困難な国にある、相手が倒産寸前であるという場合には、長期の本案手続より先に保全・和解・担保取得を検討すべきことがあります。
社内では、法務部門だけでなく、営業・財務・経理・IT・現地法人から情報を集めます。とくに、相手の入金口座、売掛先、物流拠点、クラウド上のデータ、契約更新の状況等は、法的主張だけでは分からない執行・保全の手掛かりになることがあります。
国際紛争は現地法の確認が不可欠であるため、日本側の弁護士と現地弁護士の役割分担も早期に決めます。各国の弁護士から個別に意見を集めるだけでは方針が分散しやすいため、事実関係、請求構造、優先目標、和解可能範囲を一つの案件戦略として管理することが重要です。
15.国際紛争対応チェックリスト
- 契約書・発注書・利用規約等の紛争解決条項をすべて確認した
- 仲裁合意の当事者・対象範囲・複数契約との関係を確認した
- 応訴期限、時効・除斥期間、契約上の通知期限を一覧化した
- 相手方の主要資産所在地と回収可能性を確認した
- 外国送達に必要な条約・現地法・翻訳を確認した
- 国外証拠について取得方法と保全方法を確認した
- 仮差押え・仮処分・仲裁上の暫定保全措置の要否を検討した
- 外国判決又は仲裁判断の執行国で承認・執行要件を確認した
- 現地弁護士、翻訳、専門家、仲裁費用を含む総予算を試算した
- 和解を選ぶ場合の担保・支払時期・執行力も検討した
16.よくある質問
Q1.国際取引では仲裁を選べば安全ですか?
いいえ。仲裁は国際執行の面で有力ですが、請求額、仲裁合意の有効性、資産所在地、保全の必要性、費用等によっては訴訟が適する場合もあります。
Q2.日本法準拠なら日本で訴訟できますか?
準拠法と国際裁判管轄は別問題です。日本法準拠の合意だけで当然に日本の裁判所へ国際裁判管轄が生じるとは限りません。
Q3.ニューヨーク条約締約国なら仲裁判断は必ず執行できますか?
いいえ。仲裁合意の無効、通知・防御機会、公序等の執行拒絶事由があります。締約国かだけでなく、その国の仲裁法・執行実務を確認します。
Q4.外国判決があれば日本で直ちに差押えできますか?
できません。民訴法118条の承認要件を満たすことに加え、強制執行には民事執行法24条の執行判決が必要です。
Q5.海外から届いた訴状を無視しても、日本では効力がありませんか?
そのようにはいえません。欠席判決が成立し、後に日本又は他国で承認・執行を求められる可能性があります。まず期限と管轄・送達を現地弁護士と確認します。
Q6.仲裁中でも裁判所に仮差押えを申し立てられますか?
仲裁合意があっても裁判所の保全処分を利用できる場合があります。仲裁地法、資産所在地法、仲裁規則を確認して手段を選びます。
Q7.仲裁廷の暫定保全措置は日本で執行できますか?
2024年施行の改正仲裁法により、一定の暫定保全措置について日本の裁判所へ執行決定を申し立てる制度が整備されています。ただし、要件や措置の性質を個別に確認する必要があります。
Q8.海外の証拠は日本の裁判所から簡単に取り寄せられますか?
必ずしも簡単ではありません。証拠所在地国の法制度やハーグ証拠条約等の適用関係を確認する必要があります。
Q9.国際訴訟と国際仲裁はどちらが安いですか?
一概にはいえません。仲裁人・機関費用だけでなく、現地代理人、翻訳、証拠収集、保全、執行まで含む総コストで比較します。
Q10.紛争が起きたら最初に弁護士へ渡すべき資料は何ですか?
契約書一式、発注・請求資料、交渉履歴、紛争相手の会社情報・資産情報、重要なメール・チャット、期限が記載された通知や裁判書類をまとめると初動判断が早くなります。
17.弁護士への相談を検討すべき場面
- 海外の裁判所・仲裁機関から訴状、仲裁申立書、Notice等が届いた
- 契約書の仲裁条項・裁判管轄条項が不明確又は複数契約で矛盾している
- 相手方が資産を移転している、倒産の兆候がある、緊急の保全が必要である
- 外国所在の証人・文書・サーバー等が主要証拠になっている
- 外国判決又は外国仲裁判断を日本で執行したい、又は日本の判断を海外で執行したい
- 複数国で並行して訴訟・仲裁・保全手続が進む可能性がある
18.参考裁判例
- 最高裁判所第一小法廷平成28年3月10日判決(平成26年(受)第1985号、損害賠償請求事件、民集70巻3号846頁)
- 最高裁判所第一小法廷平成26年4月24日判決(平成23年(受)第1781号、執行判決請求事件、民集68巻4号329頁)
- 大阪地方裁判所平成23年3月25日決定(平成22年(仲)第3号、仲裁判断に基づく執行決定申立事件)
- 東京高等裁判所平成29年5月18日判決(平成28年(ネ)第4041号、請求異議控訴事件)
19.主要一次資料
外務省「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」
UNCITRAL「New York Convention – Status」
HCCH「1965年ハーグ送達条約」Status Table
HCCH「1970年ハーグ証拠条約」Status Table
国際仲裁・国際訴訟に関するご相談
海外企業との紛争では、仲裁合意・国際裁判管轄、送達、証拠収集、暫定保全、外国判決・外国仲裁判断の承認・執行、現地弁護士との連携まで一体として検討する必要があります。海外から訴状・仲裁申立書等が届いた場合や、国外での回収を見据えた紛争対応が必要な場合はご相談ください。