データ・プライバシー/サイバーセキュリティ

2026年9月28日

匿名加工情報と仮名加工情報の扱い:実務での境界線と規制整理

AI・データ分析、マーケティング、研究開発などで個人データを活用する際、「氏名を消せば自由に使える」「IDを置き換えれば匿名化できる」と考えるのは危険です。個人情報保護法は、仮名加工情報と匿名加工情報を別の制度として定めており、加工の程度、利用目的、第三者提供、再識別の禁止、安全管理などのルールが大きく異なります。

特に実務では、単に名前やメールアドレスを削除したかではなく、残っている属性情報、社内に残る対応表、他の情報との照合可能性、データベース全体の性質まで確認する必要があります。本稿では、2026年9月17日時点の個人情報保護法と個人情報保護委員会の「仮名加工情報・匿名加工情報編」(令和8年4月一部改正)を前提に、企業が判断を誤りやすい境界線を整理します。

なお、2026年7月17日には個人情報保護法等の改正法が公布され、統計等の作成を行う第三者への個人情報提供等について、一定の要件の下で本人同意を不要とする仕組みが新設されました。ただし、一部を除く施行日は公布から2年以内の政令で定める日とされ、政令・委員会規則・ガイドライン等も整備中です。本稿では現行法上の仮名加工情報・匿名加工情報のルールを中心に説明し、改正法は施行前の論点として区別して扱います。

1.最初に押さえる結論:仮名加工と匿名加工は「匿名化の強弱」だけではない

仮名加工情報と匿名加工情報は、どちらも個人情報を加工して利用しやすくする制度ですが、法的な位置付けは異なります。

仮名加工情報は、他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないように加工した情報です。作成した事業者が元の個人情報や削除情報等を保有している場合、通常はなお「個人情報」に該当します。他方、匿名加工情報は、特定の個人を識別できず、かつ元の個人情報を復元できないように加工した情報であり、個人情報には該当しません。

したがって、「社内分析だから仮名加工」「外部提供だから匿名加工」と機械的に決めるのではなく、何のために加工するのか、元データとの対応関係を残す必要があるか、外部提供するか、将来本人単位の処理へ戻す必要があるかを先に整理することが重要です。

まず「個人情報・仮名加工情報・匿名加工情報・統計情報」を切り分ける

実務で最初に必要なのは、加工手法の名前を付けることではなく、加工後データの法的な位置付けを確認することです。特に仮名加工情報は、同じデータでも、作成元の個人情報や削除情報等を容易に照合できる事業者にとっては個人情報に該当する一方、それらを保有せず容易照合できない受領者にとっては個人情報に該当しない場合があります。つまり、データの名称だけでなく「誰が、どの情報と一緒に保有しているか」まで見なければなりません。

区分 個人情報該当性 元データとの関係 第三者提供 典型的な利用場面
通常の個人情報 原則として該当 本人との対応関係を保持 原則として本人同意。法定例外・委託等は別途検討 本人向けサービス、顧客管理、個別マーケティング
仮名加工情報 保有状況により個人情報に該当する場合としない場合がある 作成者側では削除情報等を保有し得る 原則禁止。委託・事業承継・一定の共同利用等は「第三者」に当たらない場合がある 社内分析、研究開発、本人単位の連携を残す分析
匿名加工情報 個人情報には該当しない 特定個人を識別できず、元データを復元できない状態が必要 法定の公表・明示等を行えば本人同意なしで提供可能 外部提供、データ利活用、広範な二次分析
統計情報 特定個人を識別できない統計データであれば個人情報に該当しない 個人単位の対応関係を排斥した集計結果 作成後の統計情報は個人情報規制の対象外。ただし作成前の個人情報取扱いは別途検討 集計レポート、KPI、傾向分析、公開統計

「匿名化」「マスキング」「ハッシュ化」といった技術用語は、それだけで法的な区分を決めるものではありません。例えば、氏名をハッシュ値に置き換えても、元の値を推測できる、対応表が残る、他のデータと容易に照合できるといった事情があれば、個人情報としての管理が必要になることがあります。

2.仮名加工情報とは何か

個人情報保護法2条5項は、仮名加工情報を、一定の加工措置を講じて「他の情報と照合しない限り特定の個人を識別することができないように」した個人に関する情報と定義しています。

典型的には、氏名を仮IDへ置き換え、分析用データセットから氏名や直接の識別子を外す方法が考えられます。ただし、仮IDと氏名の対応表を別に保管している場合、作成事業者にとっては元の本人へ戻すことが可能です。そのため、仮名加工情報は「誰か分からないデータ」ではなく、「通常の利用では本人を意識せずに扱うためのデータ」と理解した方が実務に近いでしょう。

また、加工基準を満たさず単に表示上マスキングしただけの情報を、名称だけ「仮名加工情報」として扱うことはできません。制度上のメリットを利用する場合は、法41条1項と個人情報保護委員会規則の加工基準に沿う必要があります。

仮名加工情報の加工基準は「3つの観点」で確認する

仮名加工情報を制度上の仮名加工情報として作成する場合、施行規則31条に沿って、加工対象の性質に応じた措置を講じる必要があります。第一に、氏名・住所・生年月日等の特定個人を識別できる記述等の全部又は一部を削除し、又は復元できる規則性のない方法で置き換えます。第二に、顔認識データ、指紋、旅券番号、免許証番号等の個人識別符号が含まれる場合は、その全部を削除又は適切に置換します。第三に、クレジットカード番号や決済機能を有するサービスのログイン情報のように、不正利用によって財産的被害が生じるおそれのある記述等を削除又は置換します。

ここで注意したいのは、仮名加工情報では「すべての属性を一般化する」ことまで一律に要求されるわけではない一方、加工後データそれ自体からなお特定個人を識別できるのであれば不十分だという点です。例えば、氏名を削除しても、所属、役職、年齢、所在地などの組合せで社内の一人に絞り込める場合には、追加加工が必要になり得ます。

また、法41条・42条の仮名加工情報に関する特別規律は、仮名加工情報データベース等を構成する情報を前提としています。単発の散在情報や、単に安全管理措置として一部情報を伏せただけのデータを、すべて仮名加工情報制度へ押し込む必要はありません。制度を利用するのか、通常の個人情報として管理するのかを最初に決めることが重要です。

3.仮名加工情報の実務上のメリットと制約

仮名加工情報の大きな特徴は、一定の条件の下で、変更前の利用目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて利用目的を変更できる点です。例えば、もともとサービス提供のために取得した顧客データを、適切に仮名加工した上で、新しい分析目的へ利用する場面が想定されます。

もっとも、自由利用できるわけではありません。個人情報である仮名加工情報については、利用目的を特定し、その範囲で取り扱う必要があり、利用目的を変更した場合は原則として公表が必要です。また、本人を識別する目的で他の情報と照合することや、本人への連絡等を行う目的で連絡先等を利用することは禁止されています。

さらに、仮名加工情報である個人データは、法令に基づく場合を除き、原則として第三者に提供できません。ただし、委託、事業承継、一定の共同利用など、個人情報保護法上「第三者への提供」に当たらない類型まで一律に禁止されるわけではありません。外部事業者へ渡す場合は、契約上の呼称ではなく、法27条5項の関係も含めて法的な提供類型を確認する必要があります。

「個人情報である仮名加工情報」と「個人情報でない仮名加工情報」は規律が異なる

自社が個人情報から仮名加工情報を作成し、元データや氏名と仮IDの対応表等を保有して容易に照合できる場合、その仮名加工情報は通常、なお個人情報に該当します。これに対し、適法に提供を受けた側で元データや削除情報等を保有せず、容易に照合して本人を識別できない場合には、その受領者にとって個人情報に該当しないことがあります。

ただし、個人情報に該当しなくなれば完全に自由になるわけではありません。個人情報でない仮名加工情報にも、原則として第三者提供の禁止、安全管理措置、従業者・委託先の監督、本人識別目的の照合禁止、本人への連絡等の禁止といった特別規律が残ります。

適用除外は「自由利用」を意味しない

個人情報である仮名加工情報については、利用目的変更の通常の関連性要件、漏えい等の報告・本人通知、保有個人データの開示・訂正・利用停止等に関する一部規定が適用除外となります。その一方で、不適正利用の禁止、適正取得、安全管理措置、従業者・委託先の監督、苦情処理等は引き続き適用されます。仮名加工情報は「本人関与を一部緩和してデータ利活用をしやすくする制度」であって、「個人情報保護義務を外す制度」ではありません。

また、自社が保有する個人情報を加工して仮名加工情報を作成した場合、作成時点で新たに「取得」したことにはならず、元の個人情報について特定されていた利用目的が引き継がれます。利用目的を変更する場合には、通常の関連性要件を超えた変更が可能ですが、変更後の利用目的をできる限り具体化し、原則として公表する必要があります。

4.匿名加工情報とは何か

匿名加工情報は、法2条6項に定められた制度です。単に氏名を削除するだけでは足りず、特定の個人を識別できないことに加え、元の個人情報を復元できないように加工する必要があります。

個人情報保護委員会規則34条は、匿名加工情報を作成する際の基準として、個人を識別できる記述等の削除、個人識別符号の削除、元データとの連結に使われる符号の削除、特異な記述等の削除、データベース全体の性質を踏まえた追加措置を定めています。

例えば、氏名を削除しても、非常に珍しい職種、極端に高い年齢、限定された地域、特殊な購買履歴などが組み合わされれば、特定個人へ結び付く可能性があります。匿名加工では、このような「組合せによる識別」や「特異値」まで含めて検討しなければなりません。

匿名加工情報は5つの加工観点をすべて確認する

匿名加工情報の加工基準は仮名加工情報より厳格です。施行規則34条は、①特定個人を識別できる記述等の削除・置換、②個人識別符号の全部の削除・置換、③元の個人情報と加工後情報を連結する符号の削除・置換、④特異な記述等の削除・一般化、⑤データベース全体の性質を踏まえた追加措置、という5つの観点を示しています。該当する情報が存在する限り、必要な措置を省略できません。

加工観点 実務上の確認例
直接・準直接識別子 氏名だけでなく、住所、生年月日、所属等の組合せで本人を識別できないか
個人識別符号 顔認識データ、指紋、旅券番号、免許証番号等が残っていないか
連結符号 社内管理ID等から元データへたどれる構造が残っていないか
特異な記述 極端な年齢、希少な疾病・職歴・購買履歴等が本人推測につながらないか
データベース全体の性質 他レコードとの差異、件数、地域の狭さ、属性の組合せ等から追加加工が必要でないか

特に⑤は見落とされやすい項目です。各列を個別に見れば問題がなくても、データセット全体で一人だけ該当する組合せが残る場合があります。そのため、匿名加工のレビューでは「列ごとの加工確認」だけでなく、「レコードとデータベース全体を見た再識別リスク確認」を別工程として設ける方が実務的です。

5.匿名加工情報を作成した後の義務

匿名加工情報は個人情報には該当しませんが、何のルールもなく自由に扱えるわけではありません。

個人情報取扱事業者が匿名加工情報を作成した場合、適正な加工を行い、加工方法等に関する情報について安全管理措置を講じ、匿名加工情報に含まれる個人に関する情報の項目を公表する必要があります。第三者へ提供する場合には、提供する情報の項目と提供方法を公表するとともに、提供先に匿名加工情報である旨を明示しなければなりません。

また、自ら利用する場合も、元の本人を識別する目的で他の情報と照合することはできません。受領側の匿名加工情報取扱事業者についても、本人識別のために加工方法等の情報を取得したり、他の情報と照合したりすることは禁止されています。

公表義務は「プライバシーポリシーに事前記載」だけでは足りない

匿名加工情報を実際に作成したときの公表は、単にプライバシーポリシーへ「匿名加工情報を作成することがあります」と包括的に書いておけば足りるものではありません。個人情報保護委員会Q&Aは、実際に作成した匿名加工情報にどのような個人に関する情報の項目が含まれるか分かる形で、作成時に公表する必要があるとしています。

一方、同じ項目の匿名加工情報を同じ手法で反復・継続的に作成する場合には、最初の公表時に作成期間や継続的に作成する予定であることを明らかにすることで、包括的に公表する方法も認められています。公表実務では、データセットごとに「含まれる情報項目」「作成・提供の継続性」「提供方法」を管理台帳に持たせ、ウェブ上の公表内容と同期させると漏れを防ぎやすくなります。

なお、公表する「個人に関する情報の項目」は省略できませんが、一般的かつ合理的に内容を想定できる粒度であれば「購買履歴」等の分類にまとめることは可能です。加工方法のうち、元の個人情報の復元につながる加工方法等情報はむしろ安全管理の対象であり、詳細を公表するものではありません。

6.「氏名を消した」だけでは匿名加工情報にならない

実務で最も多い誤解が、「氏名、電話番号、メールアドレスを削除したので匿名データである」という判断です。

匿名加工情報の要件は、直接識別子の削除だけではありません。残存する属性の組合せ、管理用ID、位置情報、購買履歴、行動履歴、希少な属性などから本人を識別できないかを検討する必要があります。また、元データとの対応関係を示す符号や、復元可能な加工方法を保持したままでは、匿名加工情報としての要件を満たさない場合があります。

一方で、業務上の安全管理のために氏名を一部マスキングしただけで、引き続き個人情報として扱うのであれば、直ちに仮名加工情報制度を利用しなければならないわけではありません。「加工した情報」と「法が定める仮名加工情報・匿名加工情報」は区別して管理する必要があります。

統計情報は仮名加工情報・匿名加工情報とは別に考える

個人単位の対応関係を排斥し、特定の個人を識別できない集計結果として作成された統計情報は、個人情報に該当しません。例えば、「30代利用者の平均購入額」「地域別の解約率」のように、個人単位へ戻れない集計値として利用するのであれば、仮名加工情報や匿名加工情報とは別の整理になります。

もっとも、最終成果物が統計情報であっても、その作成過程で個人情報を取り扱う段階まで自動的に規制対象外になるわけではありません。元データの取得、社内での結合、委託先への提供、アクセス権限等については、統計情報が完成する前の個人情報取扱いとして確認が必要です。

個人情報保護委員会Q&Aは、個人情報に該当しない統計データ自体は利用目的の特定対象ではなく、統計データへの加工を行うこと自体を利用目的として特定する必要はないとしています。ただし、これを「統計目的ならどの個人データでも自由に取得・提供できる」という意味に広げないことが重要です。

7.裁判例:直接識別子を除いても再識別リスクは残り得る

東京高等裁判所平成18年2月21日判決(平成17年(行コ)第272号、判例番号L06121069)は、旧統計法に基づく家計調査データの目的外使用が争われた事案です。対象データでは、氏名、住所、電話番号、勤務先名称が除かれていましたが、世帯区分、地域、世帯人員、家族構成、年齢、住居関係、収入・支出、購入品等の詳細な情報が残っていました。

控訴人は、個体の再識別は実際上不可能であると主張しました。しかし裁判所は、データの内容が詳細であり、地域、家族構成、購入品の特殊性など具体的な記載内容を総合することによって、個体が再識別される可能性が全くないと断定することは困難であるとしました。

この判決は現行個人情報保護法上の匿名加工情報の要件を直接判断したものではありません。しかし、直接識別子を削除しただけで再識別可能性が消えるとは限らず、残存属性の組合せを見る必要があるという実務上の発想を理解する上で参考になります。

8.裁判例:他の情報との照合で個人を識別できる場合がある

東京地方裁判所令和3年4月13日判決(平成31年(行ウ)第146号、判例番号L07630605)は、世田谷区個人情報保護条例に基づく開示請求に関する事案です。

裁判所は、申請者と本人との関係や戸籍謄本等の使用目的といった情報について、それ自体に氏名が記載されていなくても、申請書の他の記載内容や本人に関する情報と照合することにより、特定の申請者を識別できる場合があると判断しました。また、ある情報が個人情報に当たるかは、その情報によって特定の個人を識別できるかという観点から客観的に判断すべきとしています。

この判決も、現行個人情報保護法上の匿名加工情報・仮名加工情報を直接判断したものではありません。また、条例上の定義と現行個人情報保護法の「容易に照合することができ」という文言は同一ではないため、結論をそのまま当てはめることはできません。それでも、氏名削除の有無だけではなく、周辺情報との組合せによる識別可能性を見るという点では、データ加工の実務を考える上で参考になります。

9.仮名加工情報で重要な「削除情報等」の分離管理

仮名加工情報では、加工後データそのものだけでなく、削除情報等の管理が重要です。削除情報等には、元の個人情報から削除された記述等や個人識別符号のほか、加工方法に関する情報のうち、元の個人情報を復元することができるものが含まれます。

例えば、氏名と仮IDの対応表を同じフォルダに保存し、同じ担当者が自由にアクセスできる状態では、仮名化によって本人識別リスクを下げた効果が薄れます。個人情報保護委員会規則は、削除情報等の取扱権限・責任の明確化、規程整備、取扱状況の評価、権限のない者による取扱いを防止する措置等を求めています。

したがって、実務では、分析データと対応表を論理的・物理的に分離し、アクセス権限も分け、復元可能な情報に触れられる担当者を限定する設計が重要です。

削除情報等が漏えいしたときは「仮IDの振り直し」まで検討する

氏名と仮IDの対応表等の削除情報等が個人データに該当し、その漏えい等が法26条の要件を満たす場合には、削除情報等について個人情報保護委員会への報告や本人通知が必要となり得ます。仮名加工情報そのものについて法26条が適用除外となる場面があることだけを見て、「仮名加工なら漏えい対応は不要」と判断してはいけません。

さらに、個人情報保護委員会ガイドラインは、氏名と仮IDの対応表等が漏えいした場合、個別判断ではあるものの、原則として仮IDを振り直して仮名加工情報を新たに作り直す等の措置が必要となるとしています。インシデント対応計画には、通常の封じ込め・原因調査だけでなく、対応表漏えい時の再仮名化、旧IDの失効、分析環境への再配布まで含めておくべきです。

10.匿名加工情報で重要な「特異な記述」とデータベース全体の性質

匿名加工では、1件ごとのレコードだけでなく、データベース全体を見ます。例えば、ある地域に該当者が1人しかいない、非常に高額な購買履歴が1件だけある、珍しい疾病・職業・経歴が組み合わされているといった場合、そのレコードは本人推測につながりやすくなります。

個人情報保護委員会のガイドラインは、特異な記述等を削除・一般化することに加え、データベースを構成する他の個人情報との差異その他の性質を踏まえて追加措置を講ずることを求めています。

「氏名列を削除する」「IDをハッシュ化する」といった単一の処理だけで判定せず、データセット全体について再識別リスクを評価する工程を設けるべきです。

再識別リスク評価は「一度実施して終わり」にしない

匿名加工情報の再識別リスクは、固定的な加工手法だけで決まるものではありません。同じデータセットでも、新しい外部データが公開された、分析対象件数が減った、地域粒度を細かくした、時系列データを追加したといった変化によって、個人を推測しやすくなることがあります。

そのため、実務では「どの属性を残したか」「どの外部情報との照合可能性を想定したか」「特異値をどのように一般化したか」「どの時点のデータ環境を前提にしたか」を記録し、データ項目追加・外部提供先追加・分析目的変更等を再評価のトリガーとする運用が有効です。法令が一律の数値基準を定めているわけではないため、加工結果の妥当性を後から説明できる記録を残すことが重要になります。

11.第三者提供の違いを誤解しない

匿名加工情報は、本人の同意を得ずに第三者へ提供することが可能です。ただし、作成・提供に関する法定義務を履行していることが前提です。匿名加工情報である旨の明示や、提供項目・提供方法の公表を忘れてはいけません。

これに対し、仮名加工情報は、法令に基づく場合を除き、原則として第三者提供が禁止されています。そのため、「外部ベンダーへ分析を依頼したい」「グループ会社とデータを共有したい」といった場面では、仮名加工しただけで自由に提供できるとは考えないことが重要です。

もっとも、委託や一定の共同利用等は法的に第三者提供に当たらない場合があります。実務では、データを渡す相手との関係、利用目的、受領側の利用権限、再提供の有無、契約内容を整理して判断します。

共同利用は可能だが、通常の共同利用ルールを満たす必要がある

仮名加工情報である個人データは、共同利用の要件を満たす場合、共同利用者への提供が可能です。個人情報保護委員会Q&Aは、提供前に、①仮名加工情報である個人データを共同利用する旨、②共同利用するデータの項目、③共同利用者の範囲、④利用者の利用目的、⑤管理責任者の氏名又は名称・住所等を公表する必要があるとしています。

したがって、グループ会社間で分析基盤を共有する場合も、「同じグループだから自由に共有できる」という整理はできません。共同利用にするのか、委託にするのか、各社が独自目的で利用する第三者提供なのかを、データフローと契約関係に即して分類する必要があります。

委託先が加工後データを自社利用できるとは限らない

委託先に個人データを渡し、委託先で匿名加工情報を作成してもらうこと自体は、委託業務の範囲内であれば可能です。しかし、委託先が委託された範囲を超えて匿名加工情報を作成し、そのデータを自社の研究・営業・モデル改善等に使うことは認められません。加工後に個人情報でなくなるからといって、委託元から受け取った個人データの目的外利用が遡って正当化されるわけではありません。

また、匿名加工情報の作成を委託した場合、委託元・委託先が共同して作成したものとして加工方法等情報を共有できる場合がありますが、その場合は委託元側も含め、当該情報へアクセスする者の権限を明確化し、復元につながる情報を適切に管理する必要があります。

12.AI学習・分析での使い分け

AI学習や統計分析で個人データを利用する場合にも、「AIだから仮名加工すればよい」「外部AIだから匿名加工すればよい」という単純な整理は適切ではありません。

社内分析で本人単位の連携を残す必要がある場合は、仮名加工情報が選択肢になり得ます。一方、社外への提供や広い二次利用を予定し、本人へ戻す必要がないのであれば、匿名加工情報として必要な加工を行うことが検討されます。ただし、実際には、元データの利用目的、提供先との法的関係、委託該当性、学習後モデルからの情報抽出リスク、契約上の二次利用条件なども確認する必要があります。

特に外部AIサービスへ入力する場合は、「仮名加工したから問題ない」と判断せず、サービス提供者が入力データを自社目的で利用するのか、モデル学習に利用するのか、保存するのか、再委託先がアクセスするのかを確認してください。

外部AIサービスでは「提供先の自社目的利用」が分岐点になる

外部AIサービスを利用するときは、入力データが仮名加工されているかだけでなく、サービス提供者がどの立場でデータを扱うのかを確認する必要があります。自社の指示の範囲内で処理するだけなのか、サービス提供者が品質改善・モデル学習・不正検知等の自社目的にも利用するのかで、委託として整理できる範囲や第三者提供の検討が変わります。

実務上は、入力データの保存期間、学習利用の有無とオプトアウト、再委託先、データ保管国、管理者による閲覧可能性、ログ、契約終了後の削除、学習済みモデルからの情報抽出リスク等を確認します。「AIに入れる前に仮ID化した」という一点だけでは、十分な法務評価になりません。

また、学習後のモデルや統計的な出力が直ちに匿名加工情報又は個人情報非該当になるとは限りません。出力から特定個人に関する情報が再現される可能性や、モデルが個人単位の推論に利用される設計かどうかを別途確認し、学習データ・モデル・出力の各段階を分けて評価することが重要です。

13.令和8年改正法で「統計作成等」のデータ利用はどう変わるか

2026年7月17日に公布された改正個人情報保護法は、統計等の作成を行う第三者へ個人情報を提供する場合等について、一定の要件の下で本人同意を不要とする新しい仕組みを設けています。背景には、特定個人との対応関係を排斥した統計情報等の作成・利用は、個人の権利利益を害するおそれが比較的小さい一方、複数事業者のデータを横断的に分析するニーズが高まっていることがあります。

もっとも、この改正は「統計目的と言えば自由に個人データを集められる」というものではありません。対象となる統計作成等の範囲や、本人の権利利益を害するおそれが少ないものとして求められる要件は、委員会規則・ガイドライン等の整備とあわせて確認する必要があります。また、一部を除く改正法の施行日は公布から2年以内の政令で定める日であり、2026年9月17日時点では現行ルールに基づく対応が必要です。

このため、今後は「仮名加工情報・匿名加工情報に加工して利活用するルート」に加え、「改正法上の統計作成等の例外を使うルート」が選択肢になります。ただし、どのルートでも利用目的、提供先、データ項目、個人単位での利用を排除できるかを整理することが必要であり、既存の仮名加工・匿名加工の管理体制をなくしてよいということではありません。

14.利用場面から逆算する:どの方式を選ぶか

データ加工の方式は、技術担当者が加工方法だけを見て決めるのではなく、事業目的から逆算して選ぶ方が失敗を防げます。次の表は典型的な利用場面の整理例です。

利用場面 第一候補 主な理由・注意点
社内で顧客行動を分析し、必要に応じ本人単位へ戻したい 仮名加工情報 本人識別を通常利用から切り離しつつ、元データとの対応を管理下に残せる。削除情報等の分離管理が重要。
グループ会社で共同分析したい 仮名加工情報+共同利用の検討 共同利用の5事項を公表し、利用目的・共同利用者の範囲・管理責任を明確化する。
社外の研究者・事業者へ広く提供したい 匿名加工情報 本人へ戻す必要がないことを前提に、規則34条の加工、公表、匿名加工情報である旨の明示等を行う。
経営レポートや公開統計のみ作りたい 統計情報 個人単位の対応関係を排斥した集計結果まで落とせるなら、最終成果物は個人情報に該当しない。作成過程の個人情報取扱いは別途管理。
外部AIで分析したい 委託関係・提供先の利用目的を先に確認 仮名化だけで判断せず、提供先の自社学習利用、保存、再委託、国外アクセス等を確認してから加工区分を決める。

15.加工プロジェクトの実務フロー:設計から監査まで

実務では、加工処理そのものよりも、前後の承認・記録・権限管理が重要です。少なくとも次の7段階に分けて運用すると、法務・データ部門・情報システム部門の役割を明確にしやすくなります。

  1. Step 1 利用目的と成果物を定義する。本人単位の結果が必要なのか、集計結果だけで足りるのか、社外提供するのかを明確にします。
  2. Step 2 元データを棚卸しする。氏名等の直接識別子だけでなく、個人識別符号、決済情報、位置情報、行動履歴、希少属性、社内管理ID等を確認します。
  3. Step 3 法的な加工区分を決める。通常の個人情報のまま利用するのか、仮名加工情報、匿名加工情報、統計情報のいずれを目指すのかを決定します。
  4. Step 4 加工仕様を作成し、法務と技術の双方でレビューする。削除・一般化・置換の方法、削除情報等の保管方法、再識別リスク評価の前提を記録します。
  5. Step 5 権限を分離する。分析担当者が対応表へ自由にアクセスできないようにし、加工前データ、加工後データ、削除情報等のアクセス権を分けます。
  6. Step 6 提供・委託・共同利用を審査する。外部提供先の利用目的、再提供、再委託、保存期間、終了時削除、再識別禁止等を契約へ落とし込みます。
  7. Step 7 運用後に再評価する。データ項目の追加、母集団の縮小、外部データの増加、提供先変更、AIモデル用途の変更等があったときは、再識別リスクと法的区分を見直します。

16.加工前に決めるべき5つの事項

仮名加工・匿名加工の設計は、加工手法から始めるのではなく、利用シナリオから逆算します。

  • 何のために加工データを利用するのか
  • 元の本人へ戻す必要があるのか
  • 社外の第三者へ提供する予定があるのか
  • どの属性を分析に残す必要があるのか
  • 加工後データと削除情報等を誰が管理するのか

この5点が決まれば、仮名加工情報として運用するのか、匿名加工情報まで加工するのか、それとも通常の個人情報として安全管理しながら利用するのかを判断しやすくなります。

17.社内規程・契約で整備したいポイント

制度を実装するには、技術処理だけでなく規程・契約も必要です。最低限、次の事項を明確にします。

  • 仮名加工情報・匿名加工情報を作成できる部門と承認者
  • 加工基準と再識別リスクのレビュー方法
  • 仮ID対応表・削除情報等へのアクセス権限
  • 本人識別を目的とする照合の禁止
  • 第三者提供・委託・共同利用の確認フロー
  • 委託先における利用目的、再提供、再識別の禁止
  • 事故発生時の報告・調査・再加工の手順
  • 保存期間・削除・バックアップの扱い

特に委託契約では、「匿名化する」とだけ記載すると、法上の匿名加工情報を意味するのか、単なるマスキングを意味するのか曖昧です。契約上は、対象データの法的区分、加工方法、削除情報等の管理主体、再識別禁止、返還・削除方法を具体化する方が安全です。

契約では「加工する」だけでなく、加工後の権限を決める

外部事業者へ加工を委託する契約では、「匿名化する」「仮名化する」といった一語だけでは不十分です。法上の匿名加工情報・仮名加工情報として加工するのか、単なるマスキングなのか、加工仕様の承認権を誰が持つのか、削除情報等や加工方法等情報を誰が保有するのかを明確にします。

加えて、①委託目的外利用の禁止、②自社モデル学習等への利用可否、③再委託条件、④本人識別・再識別の禁止、⑤事故時の通知期限、⑥監査・証跡提出、⑦契約終了時の削除・返還、⑧匿名加工情報を第三者提供する場合の権限・公表主体、を定めておくと、事故時の責任分担を整理しやすくなります。

18.よくある誤り

誤り1 氏名を削除すれば匿名加工情報になる

→ 残存属性、特異値、管理用ID、データベース全体の性質まで確認が必要です。

誤り2 仮名加工情報は個人情報ではない

→ 作成事業者が元データや削除情報等を保有し、容易に照合できる状態では、通常、個人情報に該当します。

誤り3 仮名加工すれば第三者提供できる

→ 原則として第三者提供は禁止です。委託等に該当するかは別途整理が必要です。

誤り4 匿名加工情報なら加工後の管理は不要

→ 作成時の加工、安全管理、公表、第三者提供時の明示、識別行為の禁止等の義務があります。

誤り5 ハッシュ化すれば必ず匿名になる

→ 元の値を推測・復元できる規則性がある場合や、対応関係を再構成できる場合には十分ではありません。加工方法と残存情報を一体で評価します。

19.FAQ

Q1 仮名加工情報は本人同意なしで新しい分析目的に使えますか?

利用目的の変更について通常の関連性要件が適用除外となるため、従来より柔軟な変更が可能です。ただし、利用目的を特定し、原則として変更後の目的を公表し、その範囲で利用する必要があります。

Q2 仮名加工情報をグループ会社へ渡せますか?

単にグループ会社だから自由に提供できるわけではありません。第三者提供に当たるか、共同利用等の要件を満たすかを確認する必要があります。

Q3 匿名加工情報なら元データを社内に残してもよいですか?

元の個人情報を別途保有すること自体が当然に禁止されるわけではありませんが、匿名加工情報から元の個人情報を復元できないようにする必要があり、加工方法等に関する情報の管理も必要です。匿名加工情報との連結に使う符号を残すなど、復元につながる設計は避けなければなりません。

Q4 仮名加工情報の漏えいは常に本人通知不要ですか?

一律には言えません。法41条9項により仮名加工情報について法26条の適用が除外される場面がありますが、氏名と仮IDの対応表等の削除情報等が個人データに該当し、その漏えいが法26条の要件を満たす場合には報告・本人通知が必要となり得ます。

Q5 匿名加工情報を受け取った会社が本人を特定してもよいですか?

できません。本人識別の目的で加工方法等の情報を取得したり、他の情報と照合したりすることは禁止されています。

Q6 匿名加工情報の加工方法そのものを公表する必要がありますか?

作成時に公表するのは、匿名加工情報に含まれる個人に関する情報の項目です。第三者提供時には、提供する情報の項目と提供方法を公表し、提供先に匿名加工情報である旨を明示します。加工方法等の情報は、むしろ適切な安全管理が必要です。

Q7 委託先に匿名加工情報を作ってもらい、委託先自身にも使わせることはできますか?

委託先が匿名加工情報を作成することが委託業務の範囲内であれば加工自体は可能です。ただし、委託された範囲を超えて委託先が作成し、自社の研究・営業・モデル改善等に利用することはできません。委託先の独自利用を認めたい場合は、単なる委託とは別の法的整理が必要です。

Q8 プライバシーポリシーに「匿名加工情報を作成することがあります」と書けば、公表義務は満たせますか?

包括的な事前記載だけでは足りません。実際に匿名加工情報を作成したときに、その匿名加工情報に含まれる個人に関する情報の項目が分かる形で公表する必要があります。同じ項目・同じ手法で継続作成する場合は、継続作成の予定を明示して包括的に公表できる場合があります。

Q9 仮名加工情報をグループ会社と共同利用する場合、何を公表すればよいですか?

共同利用に先立ち、仮名加工情報である個人データを共同利用する旨、共同利用するデータの項目、共同利用者の範囲、利用目的、管理責任者に関する事項を公表する必要があります。グループ内共有であっても、共同利用か委託か第三者提供かを整理してください。

Q10 2026年改正法が施行されれば、統計目的なら仮名加工・匿名加工は不要になりますか?

一律に不要になるわけではありません。改正法は一定の統計作成等について本人同意を不要とする新たなルートを設けますが、対象・要件は委員会規則やガイドライン等も含めて確認する必要があります。また、仮名加工情報には社内分析で本人関与規律を一部緩和できる利点があり、匿名加工情報には外部提供に適した仕組みがあります。利用目的に応じて制度を使い分ける必要があります。

20.企業向けチェックリスト

  • 加工後データの法的区分を「個人情報・仮名加工情報・匿名加工情報」のいずれかで明示している
  • 氏名削除だけで匿名化完了と判断していない
  • 残存属性の組合せや特異値による再識別リスクを確認している
  • 仮名加工情報の削除情報等を分離し、アクセス権限を限定している
  • 本人識別を目的とする照合を禁止している
  • 仮名加工情報の外部提供について第三者提供該当性を確認している
  • 匿名加工情報の作成・提供に必要な公表を行っている
  • 委託先・共同利用先・外部AIサービスの利用範囲を確認している
  • 加工手法を定期的に見直している
  • 新しいデータソースを追加した際に再識別リスクを再評価している
  • 2026年改正法の施行時に統計作成等の新制度を再評価する担当者を決めている
  • 削除情報等の漏えい時に仮ID再発行・再加工を行う手順がある
  • 共同利用の場合に必要な公表事項と管理責任者を整理している
  • 委託先が加工後データを自社目的で利用しないことを契約・運用で確認している
  • 匿名加工情報の公表内容を作成・提供のタイミングと連動させている
  • 仮名加工情報の利用目的変更時に変更後目的の公表要否を確認している
  • 仮名加工情報が「個人情報であるもの」か「個人情報でないもの」かを保有者ごとに確認している

21.まとめ:加工方法ではなく「利用の設計」から考える

仮名加工情報と匿名加工情報の使い分けで重要なのは、どの技術を使うかだけではありません。本人へ戻す必要があるのか、利用目的をどこまで変更したいのか、第三者へ提供するのか、残す属性は何か、誰が削除情報等へアクセスできるのかという利用設計を先に決める必要があります。

直接識別子を削除しても、残存情報の組合せから本人が推測できる場合があります。逆に、必要以上に情報を削れば、分析価値が失われます。法務とデータ担当者が連携し、利用目的と再識別リスクの双方を見ながら加工レベルを決めることが、実務上もっとも重要です。

企業がデータ活用を進める際は、「匿名化したから大丈夫」ではなく、「どの制度の要件を満たし、どの義務が残るのか」を説明できる状態にしておくことが、継続的なデータ利用の基盤になります。

22.主要な裁判例・公的資料

関連記事

データ活用・個人情報保護法対応のご相談

仮名加工情報・匿名加工情報の設計、第三者提供・共同利用、外部AIサービスの利用、委託契約や社内ルールの整備など、具体的なデータフローに応じた法的整理が必要な場合は、実装や契約を進める前にご相談ください。

お問い合わせ