AI法務

2026年10月14日

生成AIと著作権:学習データ利用は侵害にあたるのか?

著作権法30条の4・RAG・追加学習・オプトアウトを実務から整理

最初に押さえるポイント

日本法では、生成AIの学習のために著作物を複製・利用する行為について、著作権法30条の4が適用され得ます。しかし、「AI学習なら無許諾で何でも使える」という制度ではありません。①著作物の表現を享受する目的がないか、②目的に照らして必要な限度か、③著作権者の利益を不当に害しないかを具体的に確認する必要があります。また、学習段階が適法でも、生成・利用段階で既存著作物との類似性・依拠性が認められれば、別途著作権侵害が問題となり得ます。

1 AI学習の著作権問題は「学習」と「生成」を分けて考える

生成AIと著作権を検討するとき、最も重要なのは、モデルの開発・学習段階と、生成物を作成・利用する段階を一つの問題として扱わないことです。文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」も、この二つを分けて整理しています。

段階 典型的な行為 主な著作権上の論点
データ収集 ウェブ、データベース、提供データ等から著作物を収集 複製、取得方法、30条の4、契約・技術的制限
前処理・データセット化 クリーニング、分割、タグ付け、形式変換 複製・翻案等の有無、利用目的
事前学習・追加学習 モデルの学習、ファインチューニング、LoRA等 30条の4の非享受目的、但書
RAG用DB構築 文書の複製、埋め込み・ベクトル化 DB構築目的、30条の4、47条の5等
生成・回答 モデルが文章・画像等を生成 既存著作物との類似性・依拠性
公開・配布 生成物を広告・商品・ウェブ等で利用 複製、公衆送信、翻案等の侵害判断

したがって、「学習データの利用が適法だったから生成物も安全」「生成物が侵害しなかったから学習も適法」という相互の自動的な結論は導けません。

2 著作権法30条の4は、AI学習に重要な権利制限規定

著作権法30条の4は、著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し、又は他人に享受させることを目的としない場合について、必要と認められる限度で著作物を利用できる旨を定めています。情報解析は、その代表例として条文上明示されています。

2018年改正時の文化庁資料でも、人工知能の開発のために著作物を学習用データとして収集・利用する行為や、AI開発目的で収集した学習用データを第三者に提供する行為が、同条の適用例として示されています。

30条の4の確認は「3つの関門」で考える

①利用する著作物の表現を享受する目的がないこと、②利用目的に照らして必要と認められる限度であること、③著作権者の利益を不当に害する場合に当たらないこと。AI学習という名称だけで、この3点を省略することはできません。

3 商用AIだから適用不可、研究目的だから常に適法、ではない

30条の4の適用は、「商用か非商用か」だけで決まりません。営利目的のAI開発でも、対象著作物の表現を享受する目的がなく、他の要件を満たせば同条が適用され得ます。反対に、大学・研究機関や社内検証であっても、特定作品を鑑賞・提供する目的が併存するなど要件を満たさなければ、同条のみで正当化することはできません。

誤解 実際の整理
商用AIの学習は必ず許諾が必要 営利性だけで30条の4の適用が否定されるわけではない
研究目的なら何でも無許諾で使える 利用目的・態様と30条の4の要件を個別に確認する
公開ウェブなら自由に学習できる 著作権法のほか契約・アクセス制御等も別途確認する
30条の4が使えれば生成物も安全 生成・利用段階の侵害判断は別問題

4 「享受目的」が併存すると30条の4は使えない

文化庁は、情報解析という非享受目的があっても、一つの利用行為に著作物の表現を享受する目的が併存する場合には、30条の4の要件を欠くと整理しています。生成AIでは、モデルの名称や技術方式より、何を出力させるためにどの著作物を学習させるのかを見る必要があります。

特定作品の表現を再現させるための学習

特定の著作物の創作的表現を出力させることを意図して追加学習を行うような場合は、単なる情報解析とは異なる評価になり得ます。たとえば、限られた作品群を過学習させ、元作品の全部又は一部を出力させること自体を狙う設計では、享受目的の併存が問題となります。

特定クリエイターの作品を集中的に用いる追加学習

「作風」や「画風」そのものは、一般にアイデアの側面として著作権法による保護対象にならない場合があります。しかし、少数の作品を集中的に学習し、そこに共通する創作的表現まで再現することを目的とする場合には別です。クリエイター名を冠したLoRA等では、対象作品、学習目的、出力傾向を具体的に確認する必要があります。

5 「作風が似ている」だけで直ちに著作権侵害とは限らない

著作権法が保護するのは、思想又は感情の「創作的な表現」です。一般的な作風、画風、技法、アイデア自体は、著作権による独占の対象とはならないことがあります。このため、AI出力が特定作者の雰囲気に似ているというだけで、直ちに著作権侵害と結論付けることはできません。

もっとも、具体的な構図、キャラクター表現、文章表現等、元作品の創作的表現が類似している場合には、通常の著作権侵害の検討が必要です。「スタイル模倣だから常に適法」「作者名を指定しただけで侵害」という両極端の整理は避けるべきです。

6 30条の4但書――著作権者の利益を「不当に害する」場合

30条の4には、著作権者の利益を不当に害することとなる場合を除くという但書があります。ここはAI学習の実務で重要ですが、何が「不当に害する」に当たるかは機械的な基準ではありません。文化庁は、著作物の種類・用途、利用態様、既存の利用市場や将来の潜在的市場との衝突等を考慮する考え方を示しています。

情報解析用データベース・有償APIとの競合

権利者が情報解析用途を想定したデータベースや有償APIを提供しており、AI開発者がそれを回避して同等のデータを複製するような場合には、著作権者の情報解析市場との競合が問題となり得ます。単に「ネット上で見られる」という理由だけで、分析用に整備されたコンテンツ市場の存在を無視することは危険です。

確認事項 着眼点
既存ライセンス市場 AI学習・情報解析向けの正式なライセンス商品があるか
潜在的市場 通常予想される将来の利用市場を代替・侵食しないか
データの性質 分析用途に整理されたデータベースや専門コンテンツか
取得方法 技術的制限・有料アクセス等を迂回していないか
利用規模・態様 必要な範囲を超えた大量複製や再提供になっていないか

7 「AI学習禁止」と書いてあれば30条の4が必ず使えないのか

文化庁の整理では、権利者が「AI学習禁止」と意思表示したことだけで、直ちに30条の4の適用がなくなるという単純な仕組みにはなっていません。もっとも、だからといって意思表示やアクセス制御を無視してよいわけでもありません。

robots.txt、ID・パスワード、有料契約、API限定提供等の技術的・契約的措置があり、さらにAI学習・情報解析向けの市場が形成されている場合には、「著作権者の利益を不当に害するか」という評価や、著作権以外の契約上の問題にも影響し得ます。

2026年9月の最新動向:プリンシプル・コードとrobots.txt

知的財産推進計画2026は、生成AIによる要約サービスとrobots.txt等の関係について、ユーザーエージェントの開示やrobots.txt遵守等、不当な利用行為の防止につながる措置の在り方を整理する方針を示しています。加えて、2026年9月時点では「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」が策定されています。

このプリンシプル・コードは、生成AI開発者・提供者に対し、モデルや学習データ、知的財産保護措置等の概要開示や、一定の開示要求への対応を「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方で求める自主的な枠組みです。著作権法30条の4を改正するものではなく、robots.txt等の拒否表示に一般的な著作権法上のオプトアウト効を付与する制度でもありません。内閣府への受入れ届出は2026年10月26日から開始予定です。

8 海賊版・違法配布サイトを学習元にするリスク

AI学習用データに権利侵害複製物が含まれている場合でも、それだけで30条の4が常に適用されないという単純な整理ではありません。しかし文化庁は、海賊版サイト等から権利侵害複製物を認識しつつ収集する行為について、厳に慎むべきとの考え方を示しています。

さらに、後に類似出力が生じて著作権侵害が問題となった場合、事業者が海賊版等を認識しながら学習データとして収集していた事情は、責任主体の評価等で不利な事情となり得ます。法的な最低ラインだけでなく、収集元の健全性を管理することが実務上重要です。

9 RAGは「AIだから30条の4」で一括処理しない

RAG(検索拡張生成)は、外部文書を検索し、その内容を生成AIへの入力として利用する仕組みです。モデル学習とは異なり、①RAG用データベースを作るための複製、②検索・抽出、③生成時の入力、④利用者への回答表示という複数の利用行為が生じます。

RAG用データベースの構築が純粋な情報解析のためであり、元著作物の表現を利用者に提供することを目的としない場合には、30条の4が適用され得ます。他方、書籍・記事等の創作的表現そのものを回答として提供するためにデータベースを構築する場合には、享受目的が問題となり、30条の4のみで処理できない可能性があります。

47条の5が使える場面にも限界がある

検索等に伴う軽微利用については、著作権法47条の5が問題となる場合があります。ただし、同条は「軽微な利用」を前提とするため、元コンテンツの主要部分を回答として継続的に提供するサービスまで当然に許容する規定ではありません。RAGでは、回答にどの程度元著作物の表現を含めるかを実装段階で確認する必要があります。

10 学習が適法でも、生成物の利用で侵害することがある

生成物が既存著作物を侵害するかは、従来の著作権侵害と同様に、既存著作物との類似性と依拠性を中心に検討されます。学習段階で30条の4が適用されたかどうかとは別問題です。

文化庁は、既存著作物が学習用データに含まれており、それと類似した生成物が生じた場合について、利用者が元著作物を認識していなくても依拠性が認められ得るという整理を示しています。他方、技術的に当該著作物の創作的表現が出力されないことを説明できる場合など、具体的事情により評価は変わり得ます。

学習段階 生成・利用段階
30条の4等の権利制限が適用されるかを検討 既存著作物との類似性・依拠性等を検討
非享受目的・必要な限度・但書が中心 出力内容・プロンプト・学習状況等が中心
適法でも生成物の侵害を免責しない 侵害しても直ちに学習段階まで違法とは限らない

11 著作権法とは別に、利用規約・アクセス制御も確認する

ウェブサイトやデータベースから学習データを取得する場合、著作権法30条の4だけを確認すれば足りるとは限りません。サイト利用規約、データライセンス、会員契約、ログイン制限、アクセス制御、不正アクセス等の別の論点が生じることがあります。

特に有料データベースやAPIについて、契約がスクレイピングやAI学習を禁止している場合には、著作権法上の権利制限が議論できるとしても、契約違反の問題が別途残り得ます。著作権法上の「許諾不要」と、契約上の「利用可能」は同義ではありません。

12 学習用データセットを第三者へ提供する場合も30条の4が問題になる

AI開発では、自社が収集した学習用データを別の開発会社や共同研究先へ渡すことがあります。2018年改正時の文化庁資料は、AI開発のために収集した学習用データを、AI開発という目的の下で第三者に提供する行為も、柔軟な権利制限規定の対象となり得る例として挙げています。

もっとも、第三者提供であれば常に許されるという意味ではありません。提供先の目的が別のコンテンツ提供サービスである、提供したデータ自体を鑑賞・閲覧させる、必要な範囲を超えて原データを再配布する、といった場合には前提が変わります。提供者側でも、誰に、何のAI開発目的で、どの範囲のデータを提供するのかを確認する必要があります。

場面 確認したいこと
共同開発先へ提供 相手方の利用目的がAI開発・情報解析の範囲に収まるか
学習代行会社へ提供 原データの二次利用や別顧客への転用がないか
研究用データセットとして公開 不特定多数が元コンテンツを閲覧・再利用できる状態にならないか
モデル評価用に提供 評価のため必要なデータ量・提供方法か

13 「データ」と「著作物」と「データベース著作物」を分ける

学習データに含まれる全ての情報が著作物とは限りません。事実、数値、単純な記号等は、それ自体が著作権法上の著作物に当たらないことがあります。一方、記事、写真、イラスト、プログラム等は著作物となり得ます。また、個々のデータとは別に、情報の選択又は体系的な構成に創作性があるデータベース全体が「データベースの著作物」として保護される場合もあります。

この区別は、有料データベースや専門情報サービスを学習に利用するときに特に重要です。個々の数値が著作物でないとしても、データベース全体の複製・抽出や、契約上の利用制限が別途問題になるからです。AI学習の審査では、「中身が事実情報だから著作権問題はない」と短絡しないことが重要です。

対象 著作権上の着眼点
事実・数値 通常、事実それ自体は著作物ではないが、表現・編集や契約は別問題
記事・論文 文章表現に創作性があれば著作物となり得る
写真・イラスト 具体的表現が著作権の保護対象となり得る
プログラム プログラムの著作物として保護され得る
データベース 情報の選択又は体系的構成に創作性があれば全体が保護され得る

14 追加学習・ファインチューニング・LoRAはデータの「偏り」も見る

大規模な事前学習と、少数の特定作品を用いる追加学習では、同じ「AI学習」でも事実関係が大きく異なります。追加学習やLoRAでは、対象作品数が少なく、特定作者・特定シリーズ・特定キャラクターへデータが偏ることがあるため、享受目的の有無や、モデルが元作品の創作的表現を再現しやすい設計かをより具体的に確認します。

ここで重要なのは、「少数データだから違法」「大量データなら適法」という数だけの基準ではありません。選定の理由、プロンプトによる呼び出し方法、学習強度、元データへの近似出力の頻度、出力フィルタ等を合わせて評価します。

モデルの記憶・過学習と法務レビュー

モデルが学習データの一部をそのまま又は極めて近い形で出力する現象が確認される場合、開発チームは「学習段階は30条の4だから問題ない」と処理せず、出力段階の侵害リスクを別途評価する必要があります。高リスクのモデル・データセットでは、重複除去、近似出力テスト、出力制御等の技術的対策と法務レビューを組み合わせることが考えられます。

15 権利者から申立てを受けたときは「学習」と「出力」を切り分けて確認する

権利者から「自分の作品が無断学習された」「作品に酷似した出力が出る」と連絡を受けた場合、学習データの利用可否と生成物の侵害可能性を混同せずに事実確認します。最初に結論を断定するのではなく、対象作品、収集元、収集時期、学習に使ったモデル・バージョン、実際の類似出力、プロンプト等を特定します。

確認項目 実務上の意味
対象作品の特定 著作物性・権利者・問題となる具体的表現を確認
データ来歴 どこから、いつ、どの条件で取得したかを確認
モデルとの紐付け どの学習・追加学習に利用したかを確認
類似出力の再現 同じ又は類似の入力で再現するかを確認
学習目的 30条の4の非享受目的の整理を再確認
暫定措置 必要に応じ将来学習からの除外、出力制御等を検討

この調査を可能にするためには、開発段階からデータソースとモデル・バージョンを最低限紐付けておく必要があります。詳細な契約・補償設計はサービス提供者の事業形態ごとに異なりますが、一般的な著作権判断でも「何を学習したか分からない」という状態はリスク評価を困難にします。

16 権利者側から見たAI学習への対応も「法・技術・契約」に分ける

著作者・出版社・コンテンツ事業者の側では、「AI学習禁止」と表示するだけで全ての利用を止められるとは限りません。現行法の30条の4の適用関係を踏まえつつ、技術的なアクセス管理、利用規約・ライセンス、正式な学習用データセットの提供、生成物のモニタリング等を組み合わせることが現実的です。

対応手段 位置付け・注意点
利用条件・ライセンス 会員制サービスやAPI等では契約上の利用条件を明確にする
robots.txt等 権利者意思を技術的に示す手段。現行日本法上の効果は一律ではない
アクセス制御 ログイン、API、レート制限等。無断迂回には別の法的問題が生じ得る
学習用ライセンス商品 正規の情報解析市場を形成し、対価還元と利用条件を明確にする
出力モニタリング 元作品と類似する生成物について証拠を保存し個別に評価する

特に、正式なAI学習用ライセンスやデータベースを提供している場合、その市場の存在は30条の4但書の「著作権者の利益を不当に害するか」という評価にも関係し得ます。権利者側も、禁止表示だけでなく「どの利用なら、どの条件で許諾するか」を設計することが重要です。

17 技術的対策は著作権判断の代わりではないが、リスク管理には重要

重複除去、データフィルタ、近似出力テスト、出力フィルタ、検索結果の引用範囲制御など、技術的な対策を実施したことだけで著作権法上の適法性が保証されるわけではありません。逆に、法的に30条の4の適用可能性があるから技術対策が不要というわけでもありません。

生成AIでは、学習段階の法的評価と、実際にどの程度元作品の創作的表現を出力し得るかという技術的特性が密接に関係します。法務部門がデータの取得根拠だけを確認し、開発部門が類似出力だけを確認するのではなく、両者を同じモデル・バージョン単位で管理すると、権利者申立て時の説明がしやすくなります。

技術的対策の例 法務上の意味
データ重複除去 特定作品の過度な反復学習リスクを下げる一要素
高リスクソースのフィルタ 海賊版・権利処理不明データの混入を減らす
近似出力テスト 元作品に著しく近い出力が再現されるかを確認
RAGの回答長制御 元著作物の主要部分をそのまま提供するリスクを抑える
モデル・データ版管理 申立て対象作品と利用モデルを追跡しやすくする

ガイダンスのチェック項目は「免責条件」ではない

文化庁のチェックリスト&ガイダンスで示されるリスク低減策を実施しても、それだけで著作権侵害が否定されるわけではありません。反対に、一つの推奨策を実施していないことだけで直ちに侵害となるわけでもありません。具体的な利用行為を著作権法の要件に当てはめることが基本です。

18 2026年9月時点の制度動向と実務判断フロー

現時点では、著作権法30条の4の基本構造自体は維持されています。一方、2026年には、知的財産推進計画2026に加え、生成AI事業者の透明性・知財保護措置を対象とするプリンシプル・コードが策定されました。したがって、企業実務では「30条の4に適合するか」という著作権法上の判断だけでなく、データ来歴、権利者意思への対応、開示可能性、権利者からの照会対応を説明できる状態にしておくことが重要です。

論点 2026年9月時点の位置付け
著作権法30条の4 非享受目的・必要な限度・著作権者の利益を不当に害しないことを個別に確認する。AI学習一般を無条件で許容する規定ではない。
robots.txt等 権利者意思やアクセス条件として実務上重要。現時点で、機械可読な拒否表示に一般的な著作権法上のオプトアウト効を与える制度は導入されていない。
プリンシプル・コード 生成AI開発者・提供者を対象とする透明性・知財保護の自主的枠組み。著作権侵害の成否を直接決める法律ではない。
内閣府への届出 プリンシプル・コードを受け入れる事業者の届出は2026年10月26日から開始予定。
  1. 何のために学習するのかを明確化する。事前学習、分類、検索、特定作品の再現等を区別する。
  2. データの出所を特定する。公開ウェブ、購入データ、社内データ、利用者入力等を分ける。
  3. 著作物の表現を享受する目的が併存しないか確認する。
  4. 目的に照らし、複製・利用が必要な範囲を超えていないか確認する。
  5. 既存・潜在的なAI学習/情報解析ライセンス市場を不当に害しないか確認する。
  6. robots.txt、ログイン、有料API、利用規約等の意思表示・アクセス条件を確認する。
  7. 海賊版等の高リスクソースを除外する。
  8. 追加学習・RAGでは、元表現を出力させる設計になっていないかを確認する。
  9. 生成段階では、類似出力の検知・対応を別途設計する。
  10. 判断根拠をデータソース、モデル・バージョン、利用目的とともに記録する。

19 弊所の実務上の視点

生成AIの学習データについては、会社全体で「公開ウェブなら利用可」「権利者が禁止したら全部不可」といった一つの短いルールに置き換えると、かえって誤りが生じやすくなります。問題になりやすいのは、特定クリエイターの作品を集中的に利用する追加学習、元コンテンツを回答として提供するRAG、有償データベースの回避、技術的アクセス制御を伴うサイト等です。

実務では、モデル開発のたびに長大な法的意見書を作る必要はありませんが、「利用目的」「データ取得元」「アクセス条件」「30条の4の判断」「高リスク要素」「出力対策」を短い審査記録として残しておくことが有効です。後から権利者照会やサービス変更があった際にも、なぜ当時そのデータ利用を許容したのかを再現できます。

また、法令上許容され得る利用と、権利者との共創・ライセンスを選ぶ経営判断は別です。特定の高品質コンテンツを継続的に利用する事業では、権利制限規定の限界だけを追うより、ライセンス、対価還元、データセット提供等の仕組みを契約で構築する方が事業の安定性を高める場合があります。

20 学習データ利用のチェックリスト

  • 学習・追加学習・RAG等の具体的な利用目的を定義した
  • 利用するデータの出所・取得方法を把握した
  • 対象著作物の表現を享受する目的が併存していないか確認した
  • 30条の4の必要限度を超える利用になっていないか確認した
  • AI学習・情報解析用の有償ライセンス市場の有無を確認した
  • robots.txt、ID・パスワード、API、利用規約等を確認した
  • 海賊版・違法配布を主目的とするサイトを収集対象から外した
  • 特定作者・特定作品に偏った追加学習は個別審査した
  • RAGで元コンテンツの主要部分を回答として提供しないか確認した
  • 学習段階と生成・公開段階の著作権判断を分けた
  • 類似出力が発生した場合の停止・確認・権利者対応ルートがある
  • 法的判断の根拠とデータソース・モデルバージョンを記録した

21 よくある質問

Q. 公開ウェブ上の画像や文章なら、AI学習に自由に使えますか?

A. 公開されていることだけで結論は決まりません。30条の4の要件に加え、利用規約、アクセス制御、有償データベース市場等を確認します。

Q. 商用生成AIでも30条の4は適用されますか?

A. 商用であることだけで適用が否定されるわけではありません。利用目的・態様、必要な限度、著作権者の利益への影響等を個別に確認します。

Q. 作者が「AI学習禁止」と書けば、学習は著作権侵害になりますか?

A. その意思表示だけで30条の4の適用が自動的になくなるという整理ではありません。ただし契約条件、技術的措置、ライセンス市場等と合わせて重要な判断要素になります。

Q. robots.txtを無視したら直ちに著作権侵害ですか?

A. 直ちに一律の著作権侵害となるとは限りません。ただし、取得方法、利用規約、アクセス制御、30条の4但書の評価等で問題となり得ます。2026年9月には生成AI事業者向けのプリンシプル・コードが策定されましたが、これもrobots.txtに一般的な著作権法上のオプトアウト効を付与するものではありません。

Q. 特定イラストレーターの作品だけでLoRAを作ることはできますか?

A. 直ちに違法・適法とは断定できません。特定の創作的表現を出力させる目的が併存していないか、データセットの選定と出力傾向を具体的に確認します。

Q. RAGならモデル学習ではないので著作権を気にしなくてよいですか?

A. いいえ。DB構築時の複製、検索、回答表示等を分けて検討します。元著作物の表現を回答として提供する設計では30条の4だけでは処理できない場合があります。

Q. 海賊版サイトのデータを学習に使うと必ず侵害ですか?

A. 単純な一律結論ではありませんが、文化庁は権利侵害複製物と知りながら収集することを厳に慎むべきとしています。実務上は収集対象から除外すべきです。

Q. 学習が適法なら、生成物も自由に使えますか?

A. いいえ。生成物については既存著作物との類似性・依拠性等を別途確認します。

Q. 正式なAI学習用データベースが販売されている場合でも、ネットから同じデータを集められますか?

A. 情報解析市場との競合が30条の4但書の評価に影響し得ます。正式なライセンス市場を回避する利用は慎重な検討が必要です。

22 早めに法的確認をしたい場面

  • 特定の作家・出版社・ニュース媒体等のコンテンツを集中的に学習したい
  • 有料データベースや会員制サイトをAI学習に利用したい
  • RAGで記事・書籍・マニュアル等の内容を利用者へ提示するサービスを設計している
  • robots.txtやスクレイピング禁止規約のあるサイトから大規模収集を予定している
  • 権利者から学習停止・削除・ライセンス料の要求を受けた
  • 既存著作物に似た生成物が繰り返し出力されている
  • 学習データの提供・調達を事業化し、第三者へ再提供する

まとめ 「AI学習かどうか」ではなく、目的・市場・取得方法・出力を分解する

日本の著作権法30条の4は、AI学習・情報解析の発展を支える重要な権利制限規定です。しかし、その結論は「AIに使う」というラベルだけでは決まりません。非享受目的、必要な限度、著作権者の利益を不当に害しないかという要件を、具体的なデータ・モデル・サービス設計に当てはめる必要があります。

また、学習段階の適法性と生成・利用段階の侵害判断は別です。特定作品の再現を狙う追加学習、ライセンス市場を回避するデータ収集、元著作物をそのまま提供するRAG等は、通常の大規模情報解析とは異なるリスクがあります。

2026年には、知的財産推進計画2026に加え、生成AI事業者の透明性と知的財産保護を対象とするプリンシプル・コードも策定されました。他方、これらは著作権法30条の4の適用要件を置き換えるものではありません。企業は現行法の要件を正確に押さえつつ、技術・契約・運用・説明可能性を組み合わせて、学習データ利用の判断を再現可能な形で管理することが重要です。

主要な一次資料

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